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ユリアン・ミンツ

ゆりあんみんつ

田中芳樹原作の小説「銀河英雄伝説」に登場する、自由惑星同盟サイドのキャラクター。
目次 [非表示]

「僕は、この人たち”の”想い出話はしたくはない。この人たち”と”想い出話がしたい」


概要編集

cv:佐々木望(OVA)、梶裕貴(Die Neue These)


OVA版(右)Die Neue These(左)
ヤンとユリアン🌌🌟LOGH(+α)log

亜麻色の髪とダーク・ブラウンの瞳を持つ少年。生年月日は宇宙暦782年3月25日

身寄りをなくして福祉施設で育った戦争孤児であり、そういった境遇の子供を高級軍人の養子にする「トラバース法」の導きによって2年前にヤン・ウェンリーと出会って以来、ヤン家の一切の家事を取り仕切っている。紅茶を入れる達人にして影の主人公。呼吸すら億劫なヤンが生存できていたのは彼の功績が大きい。

ヤンを師父と仰ぎ、彼に対する絶対的な信奉者の一人でもある(キャゼルヌからはこれが唯一の欠点と言われる)。

長らくヤンを慕う8歳年上のフレデリカ・グリーンヒルにほのかな憧れを抱きながらも、ふたりの結婚を見届けた。のちにカーテローゼ・フォン・クロイツェルと出会い、時にはぶつかり合いながら、次第に心を通わせるようになる。


学生のころから身体能力に優れ、スポーツ特待生として進学する道もあった(イゼルローン要塞移住直前には教師に強く勧められている)のだが、養父であるヤンに憧れ、彼が眉を顰めるのをよそに軍に入った。

仕官後は知謀のヤン、陸戦のワルター・フォン・シェーンコップ、空戦のオリビエ・ポプランと各分野の教師に恵まれた上に本人の素質もあり、全てをそつなくこなす優等生となった。

これに対し、ヤンの存命中には(優等生であることに満足して)どの分野においても師を超えることは出来ずに器用貧乏な人物になってはいけないと師の一人であるポプランよりからかい混じりに釘を刺されることもあった。

勿論、これに奢ることはなく、対ガイエスブルク要塞戦やバーミリオン会戦において敵の戦術を逸早く看破する、革命軍司令官として目先の利益に囚われずに正しい政治的判断を下す、(ラインハルトが絶不調ではあったとはいえ)帝国軍と戦場で堂々と渡り合う、そして、ブリュンヒルト艦内での陸戦も生き延び単独でラインハルト・フォン・ローエングラムと対等な会談の約束を取り付けたりと、ヤンの後継者として、民主共和政治の旗を仰ぐ革命軍のリーダーとして決して後ろ指を指されることのない人物へと成長していった。


後述するが、同盟・ゴールデンバウム朝・ローエングラム朝・フェザーン自治領・地球教の要人に多く会い、歴史の生き証人になった稀有な人物である。

自由惑星同盟最高評議会議長・ヨブ・トリューニヒトの推薦により、フェザーン自治領の駐在武官に任じられ、フェザーンでアドリアン・ルビンスキーの首席補佐官・ルパート・ケッセルリンクと議論を交わし、地球教のデグスビイ主教と知己を得、彼の死を看取っている。

また、帝国軍の名将・アウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将とは地球教の殲滅戦にポプランとともに名を隠して協力、後にイゼルローン要塞引き渡しについて協議している。

最終的には、師父であったヤン・ウェンリーの目指していた歴史研究家になりヤンの生涯についての執筆を行った。


自由惑星同盟側の物語には、ユリアンの目を通してヤン・ウェンリーの思想や行動を見る、という側面もあり、その意味では同盟側の最も重要な人物ともいえる(その構造上、必然的に物語中のヤンの人物像はユリアンの主観が多分に入り混じるが)。

ヤンの死後は、ヤンのような軍人になりたかったのではなくヤンの役に立ちたかったという願望を自覚し、一時期は軍人である意義を見失ってしまう。

だがヤンの後継者問題になった時、人間関係的にも人格的にもユリアン以外にヤンの後任たりえる人格者が居なかったことに加え、周囲からの強い要望・後押しもあってイゼルローン軍の総司令官に就任。当初はその器量を危ぶまれたが、就任後の初陣にて、ワーレン艦隊の撃退に成功。この功績から、イゼルローン住民の絶大な支持を得るに至った。

とはいえ、やはり先達のヤン・ウェンリーがあまりにも偉大であったためか、何かにつけて比較や批判を被る立場に置かれ、結果的にかなりの心労を背負い込む事となった。ただ、先人に対する嫉妬が皆無なので他の人物が心配することはなかった。


人物像編集

同盟建国の祖アーレ・ハイネセンによる帝国脱出行「長征一万光年」に同行した名だたる家系の生まれ。8歳の時に戦死した父は大尉であった。ちなみに父もヤン以上の茶道楽で、ユリアンの紅茶が優秀なのも父から茶の種類や淹れ方まで伝授したからである。

余談だが、小説版外伝4巻でエル・ファシル脱出行の少し後に、キャゼルヌの部下の「亜麻色の髪をしたミンツ大尉」が登場しており、その際ヤン・ウェンリーとも邂逅しているが、ヤンはこの時考え事をしていてミンツ大尉に気づかず、特に会話はなかった(小説版ではユリアンの実父とは言及されていないが、道原かつみ版で明確にユリアンの実父であることが描かれている)。

母は亡命してきた帝国平民の出。しかし、父方の祖母は名家であることを鼻にかけて他者を見下す、帝国の門閥貴族と同類の傲慢な人物であった。

その為、両親が亡くなった後に2年間彼を引き取った父方の祖母からは「息子の忘れ形見である孫」ではなく「息子を奪った女の子供」として扱われており、藤崎版に至ってはオスカー・フォン・ロイエンタールの父と同じく「お前など生まれてくるべきではなかった」と罵声まで浴びせるほど身勝手極まりなかった。


しかし、普段はそういった影の部分はおくびにも出さない朗らかな性格の持ち主である。人当たりの良い性格もあってか曲者揃いなヤンの部下たちからも可愛がられ、ヤン亡き後は彼らを繋ぎ止める接着剤の役割を担った。

戦術の天才・ヤン・ウェンリーのようにずば抜けた才能は持たなかったが、冷静な判断力と適切な指導力によって人材を統率する能力の持ち主であったと言えるだろう。

また、戦術方針を決める上でも「ヤンならどうするか?」というように彼の記憶するヤン・ウェンリーに倣う場面も多かった。

ある意味において、彼は「一人の天才が成し得ることを数多の凡人が引き受ける」という”民主主義”の原点を体現した存在と言えなくもない。


ただその一方で、一部からは「ユリアンの発言や見識の源はヤン・ウェンリー語録の内にあり、彼はそれを不当に独占した」という辛辣な非難もあった。それに対して間近で見てきたダスティ・アッテンボローはユリアンは出典を隠したことは一度もなかったと反論した上で、ヤンを作曲家、ユリアンを演奏家に例え、「演奏されずに人々を感動させる名曲などというものはないのだ」と述べている。


一方、帝国軍側からは、知名度が低かったから致し方ないとも言えるが、当初ユリアンに対する評価はかなりの過小評価であった(ウォルフガング・ミッターマイヤーからも彼の年齢を聞いたとき「そうか、それは気の毒だ。この先苦労が多い事だろうな」と同情的な感想を述べている)。対ガイエスブルク要塞戦でケンプ提督の作戦を読んでいたことも、地球にてワーレン上級大将に名前を隠して協力していた事も当然知るよしもないからである。

彼が行った決断や作戦も、彼自身の考えではなく、より老練なメルカッツ提督の知恵によるものだと思っていた。ただこれも前述のアッテンボローの表現に言い替えれば、ヤンは作曲家、メルカッツは演奏家、ユリアンはその間に立ち楽譜を見てタクトを揮う指揮者というところであろう。

いずれにしても、ユリアン自身は自己弁護することなく生涯を終えている。その自己弁護の衝動と欲望に耐え抜いて、ヤン・ウェンリーの後継者・紹介者に徹した点に、彼の非凡さを評価する後世の歴史家もいるという。


ユリアンが会ったことのある人物編集


一流二流、好き嫌いは別にして、ユリアンは歴史を動かした人物にこれだけ会っている。同盟・帝国を通じてそんな貴重な経験をした人物はほかにいない。


関連イラスト編集

OVA編集

ユリアン・ミンツだいじに、

ユリアンとカリンぎんがのえいゆう


関連タグ編集

銀河英雄伝説 自由惑星同盟 ユリアン ユリカリ

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