概要
「母なる地球への帰依」
このスローガンをもって地球教は、国境を越えて「銀河帝国」、「自由惑星同盟」、フェザーン自治領に支部を創設、信者は増え続けていた。
地球巡礼はフェザーンの武装商船を利用、国境を越えて行われており、航行の自由は帝国とフェザーン自治領は黙認、信徒を乗せたボリス・コーネフの武装商船・ペリョースカ号が帝国軍・ジークフリード・キルヒアイス上級大将麾下の艦隊に護衛されたことさえある。
ただし戦争中であるため、同盟の信徒が敵国である帝国領内の地球に巡礼しに行くのはほぼ不可能(停戦後にユリアン・ミンツたちがフェザーン人と偽って地球へ訪れた例はある)。そのため、同盟の地球教徒たちは安全な巡礼のため、「地球を奪還せよ」と戦争を熱烈に支持している。
ところが、実際にはかつての地球統一政府時代の栄光と特権を取り戻そうと歴史の影で暗躍しており、帝国と同盟が戦争状態に突入してからは両者を争わせ続けている。双方を疲弊させて共倒れさせ、最終的に地球教が人類社会の支配者となり、かつての地球の栄光を回復せんと何世紀も昔から陰謀を巡らせており、地球教団の教義も信仰も当初は単なる方便に過ぎなかった。ただし、この時代の地球教幹部には強い信仰心を持った者達が多くなっており、「地球は宇宙の中心たる立場を取り戻さなければならない」と妄執するなど、教義のために活動するという「手段の目的化」が起こっている。むしろ、ド・ヴィリエの様な信仰心がなく、実益を求めている人物の方が教団内部では異質な存在として描写されている。
フェザーン自治領も地球教の強い影響下にあり(初代自治領主・レオポルド・ラープはフェザーン成立のため地球教から多額の工作資金を得ており、その後も政府の重要ポストは地球教の意向によって決まる、また、自立を目指した第4代自治領主・ワレンコフは地球教に暗殺されている)、帝国の政軍関係の機構にも熱心な信徒を潜り込ませることに成功している。
一方で、同盟では一般民衆にそれなりの信者を獲得しているにもかかわらず、曲がりなりにも宗教を胡散臭いと断じる銀河連邦式の民主主義国家であるためか、いまいち公組織内部に勢力を浸透できておらず、作中ではヨブ・トリューニヒトら政治勢力の一部と対等の協力関係を結んで謀略を巡らせていた。
作中の地球
西暦2039年(本編から実に1600年も前)に勃発した超大国同士による全面核戦争「13日戦争」と、その後の90年にも及ぶ「90年戦争」で地球全域は最初の荒廃時代を迎えたが、西暦2129年に各勢力が和解して「地球統一政府」を設立させる。
地球統一政府は長い年月を費やして宇宙開発に尽力し、超光速航行の実用化や植民諸惑星の開発を主導。恒星間時代の築いた。しかし、西暦2530年頃から生存圏の拡大が急速に鈍り始め、2630年頃には完全な停滞を迎える。しかし、地球統一政府は自らの特権的な立場を維持するために、宇宙軍の増強と官僚組織の増大を図るようになっていく。更に地球上の資源枯渇もあり、資本と金融、そして軍事力を背景に植民星の経済全てを支配して利益を地球にのみへ還元し続ける圧政組織へと変貌。植民諸惑星でも急速に不満が高まっていった。
そして、地球は植民星の不満を抑えるべく、反地球急先鋒であったシリウス星系自治政府が人類社会の支配を企んでいるというシリウス脅威論を唱え、他の植民星がシリウスを恐れて地球側に擦り寄らせる事を企図する。
しかし、地球の思惑とは真逆にも植民諸惑星は「地球の専横に対する希望」として、シリウス側へ流れてしまう。焦った地球政府はシリウス政府を武力討伐する事で事態の幕引きを図ろうとしたため、西暦2689年に後世「シリウス戦役」と呼ばれる人類初の大規模な恒星間戦争へと発展した。
当初は軍事力ではるかに勝る地球側が優勢を保ったが、地球軍の綱紀が著しく緩んでおり、シリウス主星ロンドリーナ制圧戦にて、「血染めの夜(ブラッド・ナイト、もしくはブラディ・ナイト)」を引き起こし、100万人以上の一般市民を無差別殺戮してしまった結果、事件被害者であった四名の復讐者、「ラグラン・グループ」が誕生。
彼等がシリウスを主導すると反地球植民星市民の啓蒙し、低開発惑星の経済と物流を飛躍的に向上させる事に成功。そして実戦部隊の反地球連合軍B.F.F.(黒旗軍/ブラックフラッグフォース)が整備されると、地球に対抗可能な軍事力を確立。それでも地球軍は優勢を保っていたが、ヴェガ星域会戦でB.F.Fが地球軍に勝利した。その後、地球軍の三大提督の間に生まれた不和につけ込んだチャオ・ユイルンの策略により三提督が共倒れになると、作戦・指揮能力に致命的な損失を受けてしまい、以後の84回の戦闘で地球軍は全て敗退。西暦2703年の第二次ヴェガ星域会戦では6万隻の地球軍が8千隻のB.F.F.(OVA版では地球軍艦隊2万隻、B.F.F.艦隊6千隻)に大敗するという醜態も示し、工業原料・食糧・エネルギー資源の供給源全てを失うなど地球の敗戦は不可避に陥る。翌2704年には太陽系の維持も出来なくなり、軍部が民間の食糧を徴発して軍需用に回す有様で、地球上は餓死寸前の状況にまで追い詰められた。そして、地球全域は二ヶ月間の包囲持久戦の後にB.F.F.による3日間に及ぶ無差別攻撃と大量虐殺に曝され、数十億人単位の犠牲者を出し、地球統一政府は事実上消滅。僅かに生き残った6万人程の地球政府や軍部の高官も大量処刑されてしまう。
それでも約10億人の地球人が生き残っており、シリウス中心の人類社会に組み込まれることになったが、それが確立する前に新たな支配者シリウスもラグラン・グループ内での権力闘争がきっかけで内部崩壊して再び宇宙は乱世状態になった。
その後宇宙を再統一した銀河連邦やその後継たる銀河帝国からもほぼ忘れられた存在となり、もはや経済力と資源、今後の潜在力の全てを喪失した地球に興味を抱く勢力はなく、残された地球人同士で当初は生存を巡って内戦を繰り広げ、地球教設立後は信仰を巡った弾圧と騒乱があり、荒廃した地球はますます疲弊した。
しかし、時期は不明だがそうした争いは地球教によって統一されて終止符が打たれ、地球がかつて保有した特権的な地位を取り戻す事を目論み、銀河に陰謀の糸を伸ばしていくことになる。
本編(宇宙暦800年代)の時代には帝国・同盟問わず「人類発祥の星らしい」という知識でしか知られておらず、忘れ去られた辺境の一惑星という認識でしかない。その地球自体では約1000万人ほどの住民が、地球教団による政教一致体制による支配の下、荒れ果てた母なる惑星の上で細々と信仰生活を送っているのみである。
関連人物
地球教の最高権力者。グランド・ビショップと呼ばれるが、本名は不明。
ルビンスキーの野心を見抜いて利用し、ド・ヴィリエも異例の抜擢をするなど得体が知れない。
地球教団総書記代理。大主教。かなり狡猾な陰謀家。
最高幹部の一員であるが信心など欠片もなく、己の支配欲のために教団を利用している。
地球教フェザーン支部長。大主教。
オーディンでの皇帝暗殺計画の実施面における責任者だった。
ルビンスキーに対する監視役。主教。
禁欲家であり熱心な信徒。狂信者ではあるが知性は備えていると評されていたが、ルビンスキーにサイオキシン麻薬を盛られたことにより酒と色欲に溺れ、心身の健康を害す。
ユリアン・ミンツはフェザーンからの脱出に同行、彼の死を看取り、強い印象を感じている。
フェザーン自治領、第8代自治領主。
地球教徒は主従関係にあるが、内心で翻意を抱いている。
自由惑星同盟最高評議会議長。
同盟における活動で地球教の協力者。
ただしトリューニヒトも個人的な目的があり、互いに利用しあってるだけの関係である。
「救国軍事会議」が起こしたクーデター事件のおりには地球教信徒にかくまわれ、「バーラトの和約」後、帝国に居を移した後にも地球教とつながりをもち、キュンメル男爵による「皇帝弑逆未遂事件」にも地球教から情報を入手、自己顕示欲をもってケスラーに密告し皇帝救出に貢献する。
作中の活躍
帝国暦490年(宇宙暦799年)、帝国軍のフェザーン侵攻により、フェザーン政府は崩壊、自治領主・アドリアン・ルビンスキーは地球教からの自立をめざし逃亡、自由惑星同盟との講和後、ラインハルト・フォン・ローエングラムが即位、同盟最高評議会議長・ヨブ・トリューニヒトは地球教とのつながりをもったまま、帝都・オーディンに居を移す。
新帝国暦1年(宇宙暦800年)、キュンメル男爵による「皇帝・ラインハルト弑逆未遂事件」が起き、背後に地球教が動いていたことがキュンメル邸に残された証拠とトリューニヒトの証言により発覚、これにより帝国は地球教を「反帝国・テロ組織」に認定、アウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将率いる艦隊を地球教追討に派遣、その途上、ワーレンは地球教信者の帝国軍兵士に襲われ、左腕を失う重い傷を負ってしまう。
一方、ヤン・ウェンリーの命により地球教の動向を探っていたユリアン・ミンツ、オリビエ・ポプランは教団が信者に帝国と同盟がその摘発に際して秘密裏に協力した程社会問題になった事で悪名名高い「合成麻薬・サイオキシン」を与えて操っていた事実を知り、地球教が穏健な宗教団体ではなく危険な犯罪集団であることを知る。
直後にワーレン率いる帝国軍が到着、ユリアン、ポプランらは地球教戦闘部隊の殲滅に協力するが、ド・ヴィリエら主要幹部は取り逃がしてしまう。
しかし、この時に総大主教は死亡していたようでド・ヴィリエが替え玉をたてている。
その結果、新帝国暦2年(宇宙暦801年)のイゼルローン駐留艦隊司令官・ヤン・ウェンリー元帥殺害事件には同盟軍・アンドリュー・フォーク予備役准将を利用して直接的に、帝国軍新領土総督・オスカー・フォン・ロイエンタール元帥叛逆事件には間接的に関与、二人の抹殺が結果として銀河帝国皇帝・ラインハルトに利益をもたらしていることに教団内部に不満が残った。
更に、癒着していた憂国騎士団がハイネセンの市街地の大火の原因を擦り付けられたときに癒着を理由に弾圧、ハイネセン支部も壊滅。
新帝国暦3年(宇宙暦803年)5月、身重の皇妃・ヒルダ殺害を狙い柊館を襲うが失敗、憲兵総監兼帝都防衛司令官・ウルリッヒ・ケスラー上級大将に殲滅される。
同年7月、軍務尚書・パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥が「病床にあった皇帝・ラインハルトが健康を回復、皇帝はみずから軍を率いて地球を破壊する」との偽情報(実際には危篤状態)を流し、地球教最後の実戦部隊をおびき寄せる。その数わずか30人、憲兵隊とユリアンらに殲滅され、犯罪集団としての地球教は滅亡する。
その後は不明だが、帝国にとっては皇帝・ラインハルトの命を幾度となく狙い、ロイエンタールをはじめとしたローエングラム王朝の重臣たちを陥れて命を奪っている。そして同盟にとっても最大の英雄であるヤン・ウェンリーの仇という揺るがない事実がある上に、ユリアンたちが入手したディスクが公表される以上は帝国、同盟、フェザーンにおける地球教自体の求心力が失墜することは避けられないことだろう。が、それは同時に何も知らない一般の地球教信者に対する弾圧の火種にもなることを忘れてはならない。