アップフェルラント物語
あっぷふぇるらんとものがたり
20世紀初頭の中央ヨーロッパの架空の小国「アップフェルラント王国」を舞台に、廃鉱山に埋蔵されたという超兵器を巡る争いを、主人公の少年ヴェルギールおよびフライシャー警部の視点から描いた冒険小説。
1990年3月、徳間書店より初版刊行。小説は田中芳樹、挿絵および漫画版はふくやまけいこが執筆。
電信や飛行機が出る等、一応「科学は進歩であり、進歩は幸福であると信じこむことができた時代」を描いているが、
- 随所に当時の国際情勢の解説(著者からの注釈?)が挟まれ、帝国主義、特にドイツとアメリカの横暴が詳しく記されている。
- 大国が小国の重鎮を操りクーデター騒動を起こさせ、その鎮圧を名目として軍事力にものを言わせた併合を目論む。
- 「ぽっちゃりしたおばさん」として描かれる小国の女王が、「ドイツへの怨念をたぎらせ復讐のための根回しをしている血族」と接触し外交努力する
…など国家間の権謀術数が描かれてもいる等々から一般的な「ライト向けな冒険小説」とは一線を画した雰囲気をもっている。
この他、悪漢や国際情勢へのためらいの無い毒舌やそこはかとない中国文化への贔屓(?)など安定の田中節が堪能できる作品でもある。
なお作中で言われる「ホクスポクス・フィジブス」は、「『ケストナーの終戦日記』から取った」とあるが、マジシャンの唱える一般的な呪文である。
※(声:)はアニメ映画版の声優名、(演:)はミュージカル版の俳優名を表記
- ヴェルギール・シュトラウス(声:山口勝平)(演:大和光)
本作の主人公であるアップフェルラント人少年。周囲からは「ヴェル」と呼ばれており、詳細はそちらの項目を参照。
- フリーダ・レンバッハ(声:皆口裕子)(演:恋香うつる)
- アルフレット・フライシャー(声:江原正士)(演:東雲あきら)
もう一人の主人公と言える、30代前半のアップフェルラント人男性。王国警視庁の警部で、乗馬に長けている。
- アリアーナ・ヴィシンスカ(声:勝生真沙子)(演:千爽貴世)
初版された書籍には、田中芳樹の「近代または現代の欧州の何処ぞに架空の国をでっち上げ、そこで大冒険をする話を描くぞ」という本作刊行前のマニフェストが収録され、そこで「列車砲は火を噴くわ、複葉機は墜落するわ」という話の宣伝(Wikipediaでは否定的であるが、こういう描写が本作にはある)をしている。こっちで力説して「他を書けとは言われんだろう」と言ってはいたが、結果的にそのインスパイア源である『ゼンダ城の虜』に出てくるルリタニアに似た国名の「ルシタニア」が出てくる『アルスラーン戦記』の方こそ巻数がでている。
田中はこうした「近代または現代の欧州の何処ぞに架空の国をでっち上げ、そこで大冒険をする話」を『ルリタニア・テーマ』と自称した。
ちなみに、作者は「挿絵がふくやまさんでなければ書かない」と編集部に駄々をこねたらしい。
もっともこれは「こう言えば書かずにすむだろう」と言う(本人曰く目論見)があったらしいが、編集部が問い合わせしたところふくやまけいこが二つ返事で快諾してしまい、作者が思わず「嘘でしょ」と呟いたと言う逸話がある。
- 夏の魔術 - 本作と同じ作家および挿絵画家による小説シリーズ。
- 薬師寺涼子の怪奇事件簿 - 本作と同じ作家による小説シリーズ。30代前半の男性警察官と20代後半の女性が主人公。通称「お涼」シリーズ。
- 明日のナージャ - 本作と同じく20世紀初頭のヨーロッパを舞台にしたアニメ。
- 異世界はスマートフォンとともに。 - web小説版にて、作品名や発言者名は伏せられたものの、とある台詞を「昔、読んだ小説に書いてた」として主人公が引用する。また、「ヴェルの女性版」といえる人物が、主人公の妹分兼使用人として登場する。ちなみに、主人公がとにかく敵対者へ容赦がないことでも有名でもあり、前述のお涼シリーズをはじめとして全体的に田中作品の影響らしきものが垣間見られる。