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明日のナージャ

あしたのなーじゃ

『明日のナージャ』とは、東映アニメーション制作のテレビアニメ作品。
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概要

2003年2月2日から2004年1月25日まで、朝日放送を制作局とし、テレビ朝日系列24局で日曜8:30-9:00に全50話が放送された、東映アニメーション制作のアニメ。

少女向けのアニメとして作られ、作風は70年代アニメをモチーフとしている。主人公ナージャが自分の母親を探す旅に出てヨーロッパ各地を巡る途中、様々な出来事や人々との出会いを経て、人間的に成長してゆく姿を描いた物語である。ナージャの声優を務めた小清水亜美にとっては、本作が声優デビュー作品でもある。

シリーズ構成は金春智子、キャラクターデザインは中澤一登がそれぞれ務めたが、それ以外の多くの制作スタッフは『おジャ魔女どれみ』シリーズとほぼ共通で、東映アニメーション側のプロデューサーは関弘美、シリーズディレクター(監督)は五十嵐卓哉が務めている。
『おジャ魔女どれみ』シリーズの文芸担当・山田隆司(本作ではK・Y・グリーン名義)も主要サブであり、『どれみ』のサブ脚本担当陣も大和屋暁(本作ではルージュ・ドゥ・ルーン名義)以下全員が山田の下でほぼ残っており、『どれみ』の美術担当である行信三(本作ではカルロス・ユキ名義)ゆきゆきえ(いわゆる行夫妻)も継続して参加している。
また本作では東映アニメーションの海外法人のひとつである「東映アニメーション フィリピン」(TAP)のメンバーも本メンバーとして積極的に参入させた。

そして、その作風は関弘美プロデューサーをはじめとする『どれみ』スタッフ陣の趣味および嗜好へと完全に傾けた事に基づいたものとなっている。

2017年9月に続編というべき小説版『小説明日のナージャ_16歳の旅立ち』が講談社キャラクター文庫から刊行された。金春智子執筆、中澤一登挿絵イラスト。

評判について

日本国内では、この時間帯の前番組である『おジャ魔女どれみシリーズ』、そして(結果としてだが)後番組の『プリキュアシリーズ』と比べると人気を得てはおらず、主人公ナージャの知名度も残念ながら低い。
それというのも『ナージャ』の前後作が、女児の心を掴みやすい、俗に言う「変身魔法少女」ものの作品であるとともに、その個性的な内容で幅広い層から高い人気を得たことが関係している。

前番組は魔法で問題を解決する以外にも、積極的に様々な社会問題を取り扱うことで高い評価を得、後番組は今までの魔法少女ものの特徴であった魔法の力ではなく、徒手空拳で敵を張り倒す格闘ものという新機軸を打ち出し大きな話題となった。
そしてなにより、ストーリーの内容を子供にも理解できるよう、留意されていた。

一方で『ナージャ』は、現実の20世紀初頭(放送時2003年から100年前)の近代ヨーロッパとエジプトを舞台としており、魔法の類は一切登場せず、歌と踊りが作品のメインとなっている、どちらかというと『世界名作劇場』に近い地味な作風であった。(これ自体は同じ現場スタッフによる「前番組である『どれみ』との差別化」も主眼に入っていたため。)
また、身分差別男女間の恋愛嫉妬心から主人公(ナージャ)を窮地に陥れる友人(ローズマリーといった、子供には理解のしづらい——むしろ大人向けの——重いテーマをストーリーに組み入れたため『どれみ』からのノリを引き続き期待していた視聴層からはヒかれにヒかれ、平均視聴率は最終的に6.8%と落ち込んだ(現在の視点では十分及第点のリアルタイム視聴率だが、当時は今のように児童層にまでタイムシフト視聴が根付いた時代ではなかった)。
もっとも、この時間帯はあくまでバンダイがスポンサーになっていたので視聴率よりも玩具売上実績の方が重要である。しかしナージャに関しては視聴率以上に関連玩具の売上が落ち込んでしまい、当年のバンダイの業績に影響を及ぼしてしまった。

本作は2年構想を視野に入れていたのだが、この不調を受けて1年で終了となってしまう。
本作終了後は、その責任を取る形で14年にわたりABC制作日曜8時30分枠の作品のプロデューサーを手掛けた関弘美はじめ多くのスタッフが降板し、後番組の『ふたりはプリキュア』では鷲尾天プロデューサーが中心になった。

以上の事から日本国内においての本作に対する評価は、お世辞にも芳しいとは言えず、特に玩具売れ行きの悪さから「在庫の女王」等揶揄する者は今でも多く、当時もネタにされてきた。

ただし、後年になって明かされた制作の事情から、そもそもこの作品はバンダイと東映アニメーションの商業主義に不満を募らせた現場スタッフが、打ち切り前提で玩具販促に媚びない作風を意識的に目指したと言う事実が明るみになっており、商業的数値で本作の価値を測るべきではないと言える部分も多い。
それを証明するように、国外では日本での低迷ぶりからは想像がつかないほどの人気作となっている。
世界各地で放送されているが、とりわけ欧州では作品の舞台となっていることもあってか、評価が高い。さらにJASRACによれば2008年に当番組のBGMが海外で最も使用されていたという記録を残している。
これは本作の完成度がいかに高いかを示しており、広く人に知られている童話にも、元々大人向けの残酷な要素が詰まっているわけで、物語内容を子供向けへと無理に留意しなくても人気作を作れることを、図らずも日本国外のヒットが証明している。

その意味では、財団Bがスポンサーとなるニチアサ枠でなければ評価も違ったのではという見方もできる。

登場キャラクター

ダンデライオン一座


アップルフィールド孤児院

貴族

平民

主題歌

オープニングテーマ
「ナージャ!!」
作詞・作曲 - 茅原万起 / 編曲 - 大谷幸 / 歌 - 本田美奈子
エンディングテーマ
「けせら・せら」
作詞 - うえのけいこ / 作曲 - 小杉保夫 / 編曲 - 大谷幸 歌 - 小清水亜美

放送リスト

話数サブタイトル備考・関連タグなど
1ナージャ、運命の扉!!第5話まではイギリス
2怪盗黒バラの夜
3サムライ・ケンノスケ大暴走!!
4舞姫ナージャとミイラ博士
5星の夜・二人だけのワルツ
6母子を結ぶ舞踏会の日記第12話まではフランス
7仮面舞踏会のワナ
8折れた翼と恋の涙
9悩める天才ピアニスト!
10ふたつの想い出オルゴール
11危機一髪!!パリの告白
12宝探しはロマンチック!?
13朝陽の中のフランシス第16話まではスイス
14アルプス花祭りのウソ
15嵐の中の家族
16わからない!大人の恋愛ゲーム!
17愛と野望のミラノ第22話まではイタリア
18ヴェネツィア、涙のマンマ・ミーア
19霧の夜・黒バラの真実
20危険がいっぱい!ローマのデート
21すれ違う母娘・ふたつの誕生日
22助けて!炎の記憶
23恐怖!地中海の幽霊船第29話まではスペイン
24オーレ!太陽の闘牛士とフラメンコ
25帰ってきた裏切りの美女
26フランシスの向こう側
27空飛ぶケンノスケ
28危険なプリンセス
29すばらしき人生!光と影を見た男
30泥まみれの白バラギリシャ前編
31泣かないピエロギリシャ後編
32ナイルの果て・指輪の秘密第34話まではエジプト
33ピラミッドに消えたブローチ
34さよならダンデライオン一座
35風のいたずら・運命の皮肉第50話まではオーストリア
36危うし!命を賭けた黒バラ
37明暗!ブローチ奪還作戦
38ローズマリー笑顔の陰謀
39盗らないで!私のお母さん
40決意の朝!本当の旅立ち
41喜びも苦しみもひとり旅
42ひとりぼっちの故郷
43ピアノがつなぐ子守歌
44どっちが好き?究極の選択!
45三人模様・ぐらつく恋心
46二人のナージャ、対決!2003年最後の放送
47沈黙!囚われの白バラ2004年最初の放送
48逆転!黒バラの最後
49諦めない!真実の力
50新たなる運命の扉最終回


制作上の前後

おジャ魔女どれみシリーズ】
おジャ魔女どれみドッカ~ン!(2002年)

明日のナージャ(2003年)

プリキュアシリーズ
ふたりはプリキュア(2004年)

『どれみ』と『プリキュア』を繋ぐミッシングリンクとして

『明日のナージャ』はその知名度の低さから、「プリキュアの前は、どれみじゃないの?」「その間に違うアニメってあったっけ?」とか思い込んでいる人も結構いたりする。
忘れられた作品の悲哀と言ってしまえばそれまでなのだが、実際のところ『明日のナージャ』はこの2つのシリーズをつなぐ重要な歴史的経緯を持つ。

『どれみ』と『プリキュア』は思想から方向性までまるっきり異なっている。ここまで急激な方向転換を起こすには何らかの(人気冷めやらぬ前シリーズ終了の不満を受け止めるための生け贄となる)クッションや劇薬が必要であり、そのクッション・劇薬こそが『明日のナージャ』だったとも言える。『明日のナージャ』の商業不振がなければ、もしかしたら『どれみ』と直接的な比較をされて在庫の女王として歴史に名を残し、後年の作品のために生け贄とされたのは『ふたりはプリキュア』の方であったかもしれない、とも指摘される場合がある。

『どれみ』から『ナージャ』への経緯

『明日のナージャ』が制作された背景を理解するためには、まず最初に『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』(以下『ドッカ~ン!』)の製作中にスタッフ陣の疲労が顕在化した事を知る必要がある。
(もっと言えば『も~っと!おジャ魔女どれみ』(以下『も~っと!』)の時点で疲労の兆候はあった)

もともと『おジャ魔女どれみ』自体、続編化・シリーズ化を意識した作品ではなく、『夢のクレヨン王国』終了以降スタッフ陣が当初構想していたオリジナル女児向け作品を1年単位で入れ替えて放送枠を維持していく計画における、最初の作品に過ぎなかった。むしろ同作はスタッフとしては、この時間帯の番組としては非常に「攻めすぎた」実験作としての意味合いが強かった。
そのため続編が希望されるたび、スタッフたちは慌てて「どれみシリーズ」過去作の設定を洗い直し、子どもたちを取り巻く現在の環境を大急ぎでリサーチし、これを元に「何をテーマにするか」を決めてネタ被りを避けながら設定を打ち、できた試作プロットを何度も入念に内容を洗い直して、周辺のメディアミックスとも調整を……といった、通常のアニメではめったにやらない膨大な作業を泥縄式に釣瓶打つという無茶な状態を常態化させたままでシリーズを回し続けていた。
特に制作が急遽決定しスタッフにとっては青天の霹靂となったために大慌てで作られた『おジャ魔女どれみ♯』が顕著であり、ここで顕在化した負担量は以降のシリーズに対しても大きな課題および禍根となった(このことは規模は違えど後の『ふたりはプリキュアMaxHeart』でも起きている)。

その結果、どれみスタッフたちの作業量はシリーズを追うごとに階乗的に増加し、かかる負担は時を追うごとに壮絶なものとなっていった。そのため『も~っと!』終了の時点でこれ以上『おジャ魔女どれみ』シリーズを続けていったらスタッフ陣がみんな壊れてしまう(作品のクォリティも低下して、作品のあるべき姿から外れてしまったデッドコピー作品が大量に連続増産されていってしまう)と判断したシリーズプロデューサー・関弘美とシリーズディレクター・五十嵐卓哉と文芸統括・山田隆司東映アニメーションバンダイABCに対し『おジャ魔女どれみ』シリーズの終了を願い出る。そしてスタッフ陣には「泣こうと笑おうと『ドッカ~ン!』を、このチームの『最後の作品』として物語の集大成にする」と宣言し「あと少しだから」とモチベーションを上げて励まし合って『ドッカ~ン!』の制作にこぎつけたのだった(この時点で主人公の設定年齢が小学6年生となったため、「卒業」をテーマにすることでシリーズを終わらせるのに都合が良かった)。

が、『おジャ魔女どれみ』シリーズの大成功に味をしめていた東映アニメーションとスポンサーのバンダイはスタッフ陣のシリーズ終了願を「視聴者の期待を守る立場」を盾にしてあからさまに渋った。東映アニメーションとしては主人公の設定年齢に関しては中学生から高校生まで5年続けた『美少女戦士セーラームーン』の前例(※)もあった事からまったく問題視しておらず、まだ数年はイケると踏んでいた。(スタッフの疲労に関しては度外視である)
(※)上層部およびスポンサー側がシリーズ継続の根拠とした『セーラームーン』は、確かに『どれみ』のSDであった佐藤順一五十嵐卓哉両名がSDとして関わった「前例」であるが『どれみ』とは完全に異なる部分として「早いうちからのスタッフ交代」(セーラームーンは二期終盤でSD交代、三期でキャラデザ作監を交代、三期中盤でシリーズ構成を交代。さらに五期で全スタッフ総とっかえ)をキチンと行っている作品である、という違いがある。この事は『セーラームーン』が『どれみ』と異なり「アクチュアルな問題に踏み込めるほどのシナリオテリングを導入・要求していない」がゆえにこそ可能になった事であり、どれみでコレをやらかせばシナリオテリングの質の変化(低下)や目立つキャラブレが起きかねず作品そのものが崩壊していただろう、と指摘される。そもそもセーラームーンの時にもスタッフ変更による作品変化に対して多少の批判は巻き起こっており、五十嵐が『どれみ』終了を願ったのはその反省の観点もある。あと『どれみ』での佐藤・山内から五十嵐へのSDチェンジは「スタッフの世代交代」ではなく、五十嵐は『どれみ』立ち上げ時から共同SDという形で制作に関わっており、単にクレジット上での名義が変わっただけである。その部分でも『セーラームーン』のSD交代とは本質的に全く異なっている。

ノウハウを持つスタッフを継続させて『どれみ』を続けさせたい上層部と、スタッフの疲弊は作品の質を落とすとしてシリーズ完結を求める現場の声との対立の結果、折衷案として東映アニメーションとバンダイは「『おジャ魔女どれみ』シリーズは終了してもよいが次番組のスタッフ招集の都合があるからスタッフはある程度継続してほしい」と打診する。
当然、関以下スタッフ陣はキレた。『ドッカ~ン!』の現場では既に過労死待った無しで疲労が蓄積されており、それを解消させてスタッフと作品を守りたいからこそシリーズの終了を願い出たのに、それ(スタッフ継続)では意味がないとした。ゆえに東映アニメーションはスタッフ継続のための譲歩条件として「(『おジャ魔女どれみ』シリーズ大ヒットのご褒美として)スタッフのみんなが好きなものを勝手に作っていい」としたのである。

「好きなものを勝手に作っていい」という言葉を言質として勝ち取った現場スタッフたちは、本当にその通りに好き勝手に作品を作ることになった。彼らの中では視聴率や玩具売り上げなどに関しては「まぁ、あったらいいなぁ」程度の軽いモノと化して商業評価や流行評価は完全にアウト・オブ・眼中となった。

そうして作られたのが、この『明日のナージャ』なのである。

しかし、一方のバンダイは『おジャ魔女どれみ』シリーズのヒットによるスタッフたちの実績から期待値を爆上げし「次に作るものがヒットしたら、またシリーズ化しよう」(もともと『どれみ』シリーズ自体、スタッフ陣が好き勝手やって生まれた側面もあった事から、このスタッフたちにはそれだけの力があると踏んでいた。前述の通り大半のスタッフの継続を求めたのは、このためと思われる)という安易な目論み(もっとあからさまに言えば皮算用)を描いていた。東映アニメーション側もそれを拒む理由は何もなく、そのため本作の企画は2期狙いを軸として練られていた。この時点で上層部やスポンサーは、人気のあるアニメシリーズ(もしくは、人気アニメを作ったスタッフと同一のスタッフが作るアニメ)を金儲け目的のために続けるためなら、制作スタッフがどうなろうが構わないという考えであった可能性がある。

このあたりの流れは企業側が悪しきに見られがちだが、そもそもニチアサとは子供向けの玩具を売るために企画されたものであるからして、それを安定して継続させるために変化を拒み実績のある選択肢(要は安牌)を取るのは当然といえる。(もっともスタッフ側は「ギリギリのバランスで騙し騙し何とか保っているだけで次の自分たちは安牌でもなんでもない」と前々から訴えていたワケだが、それは「現状として安定している」以上は「今まで騙し騙しやれてるのなら、これからも騙し騙しでやれるだろ」として破綻可能性など当然のように黙殺されるのがオチであった)また「上を目指す」と言う意味で当時の一般企業としては当然の考えとも言えるものでもあった。かててくわえて、この当時はアニメーターのブラックな労働環境も大きくクローズアップされることが少ない時代であったため、企業側もアニメーターの悲痛な訴えを無視しやすかったことも背景にあると思われる。

だが、上層部のそんな皮算用を許せるほど現場スタッフたちも甘くない。
上から「2期も視野に入れて」と言われることを見越した現場スタッフは、一応は『ナージャ』の2年目の構想も用意していたが、実際のところ、その2年目の予定は上層部を黙らせるためのダミー企画(実は、こうした「イイ感じに本気を匂わせるダミー企画」というのは、80年代の入社当時にダミー企画を作りまくってきた関弘美が最も得意としているコトだったりする)に近いものであり、現場スタッフの証言によれば当初より(2期企画を出しながらも基本的には1期で綺麗に完結できるように)「ある程度の調整」が利くようにしていたらしい。
そして、本当にやりたい放題やった挙句、国内での結果は上述の通りとなり、さすがのバンダイもこうなってはスタッフたちに課そうとした計画を撤回せざるを得なくなった。

こうして『ナージャ』は1年で完結することになり、スタッフ達も解放されることになった。2年目がなくなったことについてはファンからは残念がる声も聞かれるが、実際のところ作品としては1年で蛇足なくテーマは完結しており、綺麗にまとまっている。

最終的には「好きなものを作っていい」とまで言われたがゆえに「スタッフの本気」は今作でもやっぱり大全開であり、それが結局、上記のように後の海外評価に繋がっているし、解る人は当然の如く評価していたりする。
2年目キャンセルを原因に本作に対して低評価を下す者もいるが、主要スタッフは2年目をそもそも回避しようとしていたという事情からその観点からの低評価は誤解であるとする意見もある。

以上の事情のため基本的に本作の評価は、東映アニメーションおよびバンダイの描いた商業的な評価観点と、現場のスタッフたちが描いた作品における制作内容に基づく評価観点という二つの観点が存在し、双方の観点は完全に乖離・対立していることに留意する必要がある。

『ナージャ』から『プリキュア』への経緯

『ナージャ』の2年目キャンセルは東映アニメーションとしてもバンダイとしてももちろんTV局(制作局の朝日放送、テレビ朝日系列各局など)からしても痛手であり、何よりも翌年作をどうするかについてはかなり頭を悩まらせることになった。
玩具販促が絡む一年アニメの企画は、普通は一年近く前から準備するのが基本である。しかしナージャ2年目を過度に確信していた上層部は、2年目キャンセルした場合に備えて別のアニメの企画を準備することを全くしていなかったのである
しかも、2月に始まった『ナージャ』の2年目キャンセルが決まったのは夏前ということなので、『ナージャ』の次番組を始めるまでの余裕は半年強しか残されていなかった。

『ナージャ』のスタッフも好き勝手にやって去ってしまえば翌年の現場に混乱をもたらすことは予想はしていただろうが、それを気にする余裕がないくらいに彼らは追い詰められたのである。
そもそも現場からしてみれば、同じことは『も~っと!』の時から言い続けてきたワケで、そこから考えれば『も~っと!』『ドッカ~ン!』『ナージャ』と3年間、『どれみ』終了を願い出た時から数えても2年間である。スタッフからしてみれば「2年(3年)も頑張って訴えて、それでも必死に作品を作って時間稼ぎもしたのに、なんで作品の好調に甘えて何も準備してないのか」(準備の時間は十分に稼いだはずだ)といったところか。
特にプロデューサーの関弘美に至っては自らのメインプロデューサーデビュー作である『GS美神』の経験があった(『GS美神』もまたセーラームーン超えという多大な高視聴率を得ながら玩具売上のために憂き目を見た作品)ため「好き勝手」の結果としての売上不振および伴う降板・混乱も予想などできなかったはずもなく、いわば「この時間枠の現場体制をキチンと改革しないと何度でもこうなるぞ 」という覚悟の上での捨て身の諫言を理解してくれたスタッフたちと共に行ったのでは、と言われる事がある。惜しむらくは、それが当時の上層部やスポンサーにはキチンと伝わらなかった事であろうか。

『ナージャ』の翌年作は女児アニメからは離れるという選択肢もあったが(この放送枠はビックリマンGS美神など男児向けアニメを放映していた時期もある)、結論としては何らかの女児アニメを制作することになった。しかし『どれみ』からこの時間帯を支えてきたスタッフ抜きに女児アニメの得意な人材を急遽揃えることは難しく、翌年作のプロデューサーに任命された鷲尾天は女児向けアニメのズブのド素人という有様であった。もしスポンサー側が『ナージャ』の人気を過度に期待せず1年完結の繋ぎ番組と意識し、放送中に『ナージャ』の次番組をどうするか早目の段階から少しずつ準備をしていれば、こういうゴタゴタにはならなかった筈であるが…

女児アニメの経験がない鷲尾は開き直って、自分が面白いと思う要素をストレートに出すことにした。彼が好んでいたのはバディものの刑事アクションドラマや不良マンガであり、それを女児向けではフォーマットが確立している変身ヒロイン(バトルヒロイン)ものに当てはめることで「性格真逆な女の子同士がひょんなことからバディを組んで変身ヒロインになり、ダチ公である妖精を悪の怪人から守るため、互いに軽口をたたき合いながら喧嘩上等にブン殴っていく」というカオスでキメラ的な企画が生まれた。
当時の女児アニメの常識からするとふざけているとしか言いようがない内容だったが、女児アニメの常識なんぞ知らない鷲尾はクソ真面目に熱意を持ってこれを提案してきた。女の子ならではというのはわからないが、女だろうが男だろうがワクワクするものは同じはずと鷲尾は信じて疑ってなかったのだ。そして鷲尾はその思いを込めて企画書に、今となってはシリーズを代表する言葉となった 女の子だって暴れたい の一言を書き加える。
これが、のちにプリキュアシリーズとなる作品群の根底思想になるのだが、もちろんこの時点ではそんなことは誰も想像だにしていなかった。

上層部は鷲尾に対して企画の修正を促すが、鷲尾はそれならばプロデューサーを降りるといって頑として修正は拒んだ。
そして『ナージャ』の急な打ち切り決定で本当に他のプロデューサーを検討する時間的余裕などなく、本来ならボツとするべき企画を通さざるを得なくなってしまったのである。
鷲尾自身もプリキュアという作品はニチアサ8時30分枠の女帝として長く君臨していた関弘美の世界観を根底から壊すことになり、上層部からの嫌味を受けるばかりか、『どれみ』を支えてくれたアニメファン層からの強い反発もあるだろうと予想していた。鷲尾は時間がない中でスタッフを集めるに当たって、長く彼と親交があった西尾大介を監督候補に抜擢。東映アニメーションの中庭の噴水前に呼び出し、自分と共に修羅道を征くことに付き合ってくれと頭を下げて頼む。西尾も女児アニメの経験は皆無でわからないことだらけだったが、鷲尾の熱意に感じるものがあったのか「わかった。うまくいかなかったら、謝って逃げちゃおうか」と物騒なことを言いつつ、この無謀なプロジェクトに乗っかったのである。(鷲尾Pはこれを「2003 年プリキュア三顧の礼」と呼んでおり、このタイミングがプリキュアという企画がスタートした瞬間としている)
現場スタッフには西尾が直前にSDとして手がけていた『エアマスター』から有志が募られる形で、どうにか揃えることができ、時間がない中で間に合わせるための命がけの制作が開始された。
(プリキュアが空中殺法で戦うのはアニメ版『エアマスター』の名残からである。プリキュアの戦闘演出は第3作『S☆S』から大きく方向性を変えたが、「飛んだり跳ねたりの空中戦が主体」ということについては現在までプリキュアシリーズ全作に受け継がれている)

こうして作られた『ふたりはプリキュア』という作品は、当然のようにそれまでの女児アニメとは異なる感性の作風になった。
こういう作風のアニメはヒットしないことは目に見えていると思われていた。
そんなわけで、上層部からは『ふたりはプリキュア』は全く期待されていなかった作品であり、鷲尾が率いる制作スタッフ陣には一年どころか半年で終わらせる可能性もあることが上層部から示唆されていた。勝手に2年目を期待された『ナージャ』とは全く逆の状況だったのである。
また、当時は中部日本放送制作・TBS系列で放送中であった『セーラームーン』の実写版がバンダイの女児向けグッズの販促のメインとなっていたので、上層部としては『プリキュア』はあくまで穴埋め作品という認識で、さっさと終わらせたうえで、可能であれば休養をとった『どれみ』スタッフに戻ってもらうことを目論んでいたのだ。もっとも、『どれみ』の中核スタッフは前述の理由で上層部の呼び戻し要請に応じない可能性は高かった。
もちろん、そんな事は東映アニメーション上層部も理解していたために、実はもうひとつ次善の策を敷いていた。それは『どれみ』中核スタッフを育てた、彼らの師匠陣……つまり『どれみ』の初期を固め、それを成した時点で作品から離脱していた(『どれみ』続編地獄から上手に逃げていた)佐藤順一たちにも責任を取ってもらおうと考え、密かにプロジェクトを敷いていたのである。

一方『ふたりはプリキュア』が『ナージャ』以上の商業的な大敗を喫して半年で打ち切りのように中途半端に終了し、その後に制作される番組以降もスタッフが揃わない等で駄作が連発する等のゴタゴタにより、最終的に日曜8時半のアニメ枠が廃枠に追い込まれる・・・ということが起こりかねないのではと、当時のコアなアニメファン層では危惧が膨れ上がった。そんな不穏な空気の中、『ふたりはプリキュア』が2004年2月1日、ついに始まったのである。しかし・・・。

歴史は常に人の予想を裏切る。実際に放送されないと何が起きるか分からないものである。
皮肉にも、前述の『ナージャ』終了に伴う混乱が原因でヤケクソで作った『プリキュア』が、あまりに斬新すぎる内容が逆に受けて子供達の間で話題沸騰となって大人気を集めるという結果となったのだ。
おまけに上述のアニメファン層においては「日曜8時半枠の危機」の危惧が煽られた結果として『ふたりはプリキュア』に対しては(『ナージャ』への八つ当たりめいた批判で『どれみ』ロスのフラストレーションがガッツリとガス抜きさせられた事も手伝って)「まぁ『ナージャ』よりかは」という意識が生じてしまい「廃枠に追い込まれるなら、キチンとプリキュアを応援しよう」という空気感が蔓延する。
そして何よりショッキングな結果となったのは、プリキュアの関連玩具の売り上げが『どれみ』シリーズのピーク時をも早々に上回ったことである。これは誰も予想していなかったことであった。
バンダイからすれば良いことであったが、困ったのは東映アニメーション本体である。ここまで爆発的にヒットしてしまうと、プリキュアを半年とか一年とかで終わらせるなんてことはそうそうできない。
そして上層部はプリキュアの二期目の制作を現場に指示するようになった。
ここで面食らったのは現場である。半年で終わるかもと言われたから全力を出したのに、2年目なんて言われてもそんな余力は残してない。しかし子供達からの人気があるならば答えなければという使命感もあってか、最終的に2年目となる続編『ふたりはプリキュアMaxHeart』の制作が同じスタッフで続投される。こうしてプリキュアのスタッフは、どれみスタッフと同じ「上層部からの無茶な続編要求」の道へと巻き込まれることになる。

さらに、そこにさらなる他社の爆弾が投下された事により少女向け商戦の勢力図や方法論が大激変を起こす。
おまけに作品を作らせる約束をしながら、それを反故にされた事で割を食った佐藤側に対しても東映アニメーションとバンダイはフォローアップを迫られ、結果「ふたりはプリキュア」の後釜として用意されたプロジェクトは、やむなくプロジェクトを佐藤と関係が深くなっていたハルフィルムメーカーに渡した上でテレビ東京に枠を移し(当初はフジテレビ系日曜朝9:30枠に移すことが検討されていたが、諸事情により実現しなかった)『ふしぎ星の☆ふたご姫』として結実する。ところが、これが逆に僅かながらも「MaxHeart」以降のプリキュア(特に「S☆S」)に対して共食いを起こす結果となってしまった。
この大激変が続編の『ふたりはプリキュアMaxHeart』にふりかかった上、挙句の果て『どれみ』『ナージャ』時代から現場スタッフが悲鳴を上げ続けてきた負担(+女児向け未経験ゆえに抱えてしまった負担)は当時のスタッフ陣に「地獄」とまで言わしめる量となってSDであった西尾大介を大直撃。その消耗を目の当たりにした鷲尾は西尾に休息を取らせるためSDの代替わりを決意する。『どれみ』『ナージャ』のスタッフからしてみれば「だから言ったじゃないか!」といったトコロであったろう。これがきっかけで上層部はようやく、『どれみ』『ナージャ』時代から続いていたスタッフの安易な酷使の件を認めることとなった。
ここに至っての窮余の策がSDを小村敏明へと代替わりさせて作られた『ふたりはプリキュアSplash☆Star』から『Yes!プリキュア5/5GoGo!』、さらに鷲尾降板後に作られた『フレッシュプリキュア!』に端を発する梅澤プリキュアに至る一連の策であり、結果として関たちの諫言は最終的には「シリーズ作品の代替わり」(およびスタッフの作品毎による計画的かつ継続的な入れ替え)という形で結果を見る事となったのであった。
もっともこれができた背景は、当の関弘美が出世して企画部長という上層部の位置についたことが大きい。関は当時のプリキュアシリーズの混乱した制作状況(人気が一度でも出る度に急遽続編→続編で人気が下がれば急遽シリーズ存続の見直し)の中で、5年も続いたしそろそろ終了させてもいいとも思われていたプリキュアシリーズの「継続」を決断した人物でもある。ただしその継続のためには『おジャ魔女どれみ』の時のような混乱を二度と発生させない様にするため「人気の有無に関わらず1年単位で世界観をリセットしつつ、プリキュアというブランドは持続させる」「SD・構成・キャラデザなどの現場のリーダーは毎年必ず入れ替える」という方針を出した。
関に『どれみ』から『ナージャ』へ至った現場経験がなければ、「プリキュアシリーズの個々の作品は人気があっても一年で綺麗に完結させる」という方向性を推進したことはまず考えられず、この出来事があったからこそ、結果的に今日まで続くプリキュアシリーズの長期シリーズ化に繋げることが出来たとも言えよう。

余談

  • 仮に2年目が作られていたならどのような内容になる予定だったのかは語られていない。ドラマCDや小説版では最終回後の物語が語られているが、それがアニメの2年目の構想を流用しているかも定かではない。
  • OP主題歌「ナージャ!!」を本田美奈子が担当していた事は忘れてはいけない。この曲は本田美奈子にとって最期のアニメタイアップ曲(しかも最初で最期のOP起用曲)であり、同時に本田のオリジナル新規作としての通常ポップスCDとしても生存時に発売された最期の楽曲である。(生前発売の最終シングルである『新世界』はドヴォルザークの「交響曲第9番」とホルストの「木星」マスネの「タイスの瞑想曲」を原曲としたクラシックカバーでアルバムからの先行シングルカット作品。現在、最終シングルとしてみなされる『好きからはじめよう』は没後に埋もれていた音源による発掘曲であり、かつ死後発売のダウンロード限定楽曲である)
  • 主人公ナージャの声を演じた小清水亜美とシルヴィーを演じた折笠富美子は、運命的に2011年の『スイートプリキュア♪』で再共演することになる。→キュアナージャ
  • スマイルプリキュア』に本作のパロディ(?)である足タコナンジャという漫画が出てくる。
  • 実は本作の原案は関弘美が企画部アルバイト時代(1985年ごろ)に、でっちあげた「ダミー企画」のひとつ。当時の上司に「良く書けている」と評価され正社員(アシスタントプロデューサー)に推挙されたきっかけとなった企画書が大元である。そして、関プロデューサーは当時より、本作の企画書を「自分が初めて認められた作品」として自らの支えとしていた。ある意味でこの作品を世に送り出すことは関プロデューサーの「新人時代からの夢」だったのである。
    • 『どれみ』の騒動の後で関プロデューサーが本作を選び出したのは『どれみ』でのスタッフを守るための反発のために「もう自分は上層部には何も作らせて貰えないかもしれない」という悲壮な思いがあってこそのもので、同時に「その前に、わが子にも等しい、この企画だけは何がどうなっても作りたい」という夢と覚悟があってこそのものだった。
    • それがあればこそ、五十嵐旗下のスタッフも自分たちを守ってくれた関へのせめてもの「御礼と餞」さらには「仲間の絆の証」として、本作に協力したのではなかろうかと言われている。(もっとも結論だけを見れば関プロデューサーは最終的には企画部長に出世してこの時間帯に戻ってくるのだが、そんな未来など当時の神ならぬスタッフたちの知る由も無い事ではあった)


本作と『どれみ』のその後

ちなみに本作でガッツリとリフレッシュを図ったスタッフたちは、負担軽減のため先に離脱したスタッフたち(コンセプトデザイナー達)と合流して『おジャ魔女どれみナ・イ・ショ』を作っていたりする。ちなみに『ナ・イ・ショ』は『も~っと!』の番外編(いわば過去話)であり『どれみ』における「新シリーズ作」と言うには変則的な位置にあり、『ナージャ』で東映側に与えた損害を補填する意味もあったようである。
この事からも解るように当時のスタッフたちはあくまでも『ドッカ~ン!』以降の物語は「ない」というスタンスのもとにあった。
その後、2011年から2015年の間に、関弘美の企画によって数年後を舞台にした小説シリーズ『おジャ魔女どれみ16』(以降『16』と表記)が全9巻で執筆されることになった。これは著者がシリーズ構成の山田隆司(名義は栗山緑)であり、東映アニメーション公認の続編とされてはいるのだが、これはあくまで山田の個人的作品である。『どれみ』の主要スタッフたちの総意が込められたものかというとそうとは言い難いとする指摘が上がる事がある。(一応『16』も関弘美のプロット監修や行夫妻(行信三・ゆきゆきえ)の美術設計自体はキチンと入っており、挿絵も馬越嘉彦なのだが)
さらには『16』はもともと東日本大震災に遭遇してしまった『どれみ』のファンを元気づけたいという意図があっての発表であり、どれみの時計の針を進めるには、どうしてもそれだけの時間(と未曽有の出来事)が必要だったという事でもある。

備考:もしかしたら

また一部のファンからは、もしもバンダイや東映アニメーションの当初の目論見(どれみ中学編の製作)が強行されてしまっていたら、当時のスタッフ陣の疲労と、山田隆司(栗山緑)のそもそもの作風、そして「中学生思春期)」という不安定な時期を扱いアクチュアルな問題に踏み込む『どれみシリーズ』の観点から「某金八的なナージャ以上のド鬱展開が用意されたことは想像に難くない」と指摘されている。
なお、おジャ魔女の成長した姿を描いた小説の『16』は高校生編であり、中学生時代はそこでサラリと流されている。だが主演作品の不振を遠因としたおんぷの失踪おんぷママの脳梗塞による入院、(TVアニメ版最終回の描写を覆した)どれみの失恋あいこの祖父の死などかなりシリアスな出来事に遭遇したことが判明しており、それらが過激化した状態でアニメで明確に描写された可能性も十二分にある。
そうなれば日曜8:30枠にはやはり似つかわしくない作品になってしまい、結局のところ早期に打ち切りを宣告されて中途半端に終わってしまい、「中学生編は黒歴史」のように後々までファンから揶揄されることになっていた可能性は高いのではないかとも推測されている。

なお、『どれみ』と同時期にフジテレビ系列で放送された『デジモン4部作』は、第1作の好評を受けて続編として放送された第2作『02』を除き、全てシリーズが代替わりする度に世界観を入れ替えている。(なお『デジモン4部作』も関のプロデュース作品であるため『どれみ』『ナージャ』とはプロデュース上における実質的な兄弟・姉妹作の関係にある。また、関はテレ朝側の朝8:30枠を離れた後もフジ系列のドリーム9では引き続き辣腕を奮っている)
また、『ぴえろ魔法少女シリーズ』や、初期の東映魔女っ子シリーズも、作品の人気の有無に関わらずシリーズが変わる度に世界観を変えて継続されていた。(ただし『魔女っ子シリーズ』は本来はシリーズではない単発作品として企図されて発表された作品群で、『ぴえろ魔法少女』『どれみ』『プリキュア』とはまったく事情が異なっている。これら作品のシリーズとしてくくったのはファン側が単発作品であったものを勝手にくくってシリーズだと言い出したのを、東映動画側が事後追認したため。そのため『魔女っ子シリーズ』に類する作品群は当初からシリーズを意識して連続制作されたものではない)
もし『どれみ』シリーズも上層部やスポンサー側が同一登場人物・世界観にこだわらずに年度毎にシリーズ作品の世界観や主人公陣の全面代替わりと、これに伴うスタッフの代替わりを段階的にでも実施していれば(要は『どれみシリーズ』ではなく『おジャ魔女シリーズ』として作られていれば)少なくともスタッフ陣の負担は軽減されていたし、今も『おジャ魔女どれみ』を第1作とする歴代のシリーズ作がスタッフの負担をかけずに女児に人気のまま安定して継続されていたかもしれないのである。
ただし、それが行われていれば『プリキュアシリーズ』は企画からして作られることも無く存在すらしていなかったし『おジャ魔女どれみ16』も現在とは全く違った形になった可能性が高い事には留意を要する。

なお、「そうすれば『ナージャ』が作られる事は無かった」というのは間違い。『ナージャ』自体は上述の理由により「関プロデューサーがどうしても自身がプロデューサー職に就いている間に作りたかった作品」であるため、どのような事があっても関に対して何らかのきっかけが与えられたなら『ナージャ』は絶対に作られている。それを言う場合には「そうすれば最悪のタイミングで『ナージャ』が作られる事は避けられた」とするのが正しく、タイミングさえ合えば『おジャ魔女どれみナ・イ・ショ』(CS放送・OVA枠)あるいは『京騒戯画』(深夜枠/実験作枠)、『ポッピンQ』(映画枠/記念作品枠)などの枠にて各作の代わりに『ナージャ』を作れて、評価もニチアサ枠でやるよりかは上々のモノを得る事ができた可能性はあったと言われる事もある。
特に映画枠やOVA枠での制作にすれば『キャンディ・キャンディ』や『レディレディ!』との制作的な繋がりをアピールできて「キャンディ好き」「名作好き」のファンをキチンと釣れた、としてマーケティング的な部分におけるポテンシャルの活用不足を嘆く者もいる。(なお『レディレディ!』は元は関弘美の企画立ち上げ作品で、彼女のサブプロデューサーデビュー作。さらには『ナージャ』のシリーズ構成である金春智子もサブ脚本として入っていた作品である)

一方で関としては作品交代やスタッフ交代の目論見が成功していたら(企画候補の一案としてではあるが)後釜のSDには細田守を抜擢したかったらしき心積もりがあった旨が、いくつかのインタビュー記事などで見受けられる。(上述したように関はデジモンシリーズの初代プロデューサーでもあり、『どれみ(ドッカ~ン!)』『ナージャ』でも「例の騒動」で著しく傷ついた細田を慰める意味を含めて単話監督として呼んでいる)
しかしコレが成功しなかった背景には某作での騒動で某スタジオと事を構えたくなかった(この時点で細田にSD作品を作らせたら、件の会社に対してあからさまな「あてつけ」になり、商業成績にダイレクトに響くと見られた)当時の上層部の及び腰や、上述したスポンサー陣の『どれみ』スタッフ継続の思惑があったものと見られる。コレが無かったら、もしかしたら細田がナージャ(で、なくとも後継となるニチアサ作品)のSDであったかもしれない。

逆に『ナージャ』が商業的成功を収め、2年以上続編を制作することに至っていたら(それこそ前述のダミー企画を流用していたかもしれない)、結局『どれみ』の時の繰り返しで、またスタッフ陣が疲弊→シリーズ終了要請→別作品の準備を繰り返していた可能性が高い。それでも結局、その作品がヒットせず『プリキュアシリーズ』に繋がったのかは不明瞭ではあるが。

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朝日放送 東映アニメーション 東堂いづみ
アップフェルラント物語…制作会社は違うが、本作と同じく20世紀初頭の近代ヨーロッパを舞台とし、魔法や超兵器の類を一切登場させない作品。

ニチアサ同期:爆竜戦隊アバレンジャー(1時間前)、仮面ライダー555(30分前)

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