千早(八咫烏シリーズ)
ちはや
「──俺は、あいつのやり口が反吐が出るほど嫌いだ。だが、裏切れない。裏切れないようにされたからだ」
南領南風郷出身の山烏。「空棺の烏」から登場。
山内衆の養成所・勁草院での雪哉、茂丸、明留の同窓で、後に奈月彦の護衛を担当する。
長い前髪に三白眼、痩せこけた頬をした近寄りがたい雰囲気の青年。極端に少ない口数に、ぶっきらぼうな態度と協調性の欠片もない性格をしている(明留曰く不器用というより単なる面倒くさがりらしい)。
反面、剣の腕は格別で、満足に訓練を受けていない荳児の頃から雪哉と渡り合えるほどの生粋の武芸者である。卒業時の成績は雪哉に次ぐ次席。
また作中でも屈指の観察眼の持ち主で、雪哉の本質的な甘い部分や澄尾の隠していた慕情にも早い段階で勘付いていた。
本来の名前は「紘(こう)」。元は小作人であったが、横暴な地主一家によって囲われた劣悪な生活を強いられていた。地主達による山烏への虐待が横行し、少しでも手落ちがあれば馬にされ、反発すれば家族諸共処刑される、いずれ来る死を待つしかない環境であった。
幼馴染のヌイも犠牲者の一人で、濡れ衣で斬足された彼女の娘の結(ゆい)を引き取り、義理の妹として大切に育ててきた。後に結を連れて脱走したところを南橘家の公近に拾われ、その実力を見込んで取り立てられる(その際に「千早」に改名された)。
公近に付き従う形で勁草院に入峰したが、実際は結を人質に取られる形で従わされており、当初は山内衆を目指すことも不本意であった。そうした境遇から宮烏のことを憎悪していたが、千早たちの境遇を知った明留が結を身請けする形で自由にし、貴族としての身勝手さを自覚した上で一人の八咫烏として自分に向き合おうとする彼の姿勢に触れて、心を開くようになる。
結が生まれつき盲目なこともあり、暫くは西本家の世話になっていたため、外伝では明留を通じて真赭の薄など西家の面々とも交流していた。
根本的には情が深く面倒見が良い性格で、結に対しては過保護なほどの世話を焼くため、喧嘩に発展することもしばしば。明留とは彼が勁草院を辞めて奈月彦の側近となってからも私的な付き合いを続けており、最も親しい友人であった。
※以下、第二部「追憶の烏」までのネタバレ注意
実は千早が雪哉たちの仲間になる切っ掛けであった結の身請け話は雪哉の策略によるもので、早い段階で結の身柄を押さえておきながら、敢えて放置することで千早に恩を売り、明留と関係を結ばせて自陣に引き込むというものであった(若宮陣営の戦力を増強する目的で、雪哉自身にも罪悪感はあったのだが)。
遅れて真意に気づいた千早は、結と明留を利用した雪哉のやり方を嫌悪していたが、明留自身は雪哉の思惑を知らなかったことや結の置かれている立場から、陣営に留まり続けていた。
しかし、後に主である奈月彦の暗殺と、その過程で明留が惨殺されたことで宮仕えの意義を見出だせなくなり、自責の念からも太刀を返還することを選ぶ。茂丸の戦死と明留の殉死、そして千早の辞去により、雪哉の周りから親しかった同期生は誰一人いなくなった。
宮中から去った後は、用心棒などをしながら各地を転々としていた模様。雪哉が谷間を制圧し、反抗者を処刑、斬足して管理する政策を行っていることには反発心を抱いているが、一方で友人であった時の繋がりを断ち切れない様子を垣間見せるなど、その心中は計り知れない。