CV:川田紳司 (NHKの番組、アニ×パラ、車いすテニス編でのベイビーステップとのコラボアニメにて担当)
人物
身長173cm、右打ち。
麗澤大学国際経済学部卒。所属はユニクロ。
9歳の時、脊髄腫瘍による下半身麻痺の為車いす生活になり、小学校6年に母の勧めで車いすテニスを始める。
17歳から現在のコーチの指導を受け始め、本格的に競技に取り組む。
2004年、アテネパラリンピックで斎田悟司とダブルスを組んで金メダル。
2007年、史上初となる車いすテニス男子シングルスのグランドスラム(全豪オープン、ジャパンオープン、ブリティッシュオープン、全米ウィールチェアの4大会を制覇)を達成。
2008年、北京パラリンピックに出場し、男子シングルスで金メダル、斎田と組んだダブルスでは銅メダルを獲得。
2009年4月、日本の車いすテニス選手としては初めてプロ選手に転向。
2016年、リオデジャネイロパラリンピックでは、男子シングルで準々決勝でストレート負けを喫したが、ダブルスで長年組んだ斎田と銅メダルを獲得。
2021年、東京パラリンピックに出場。自身3度目となる男子シングルス金メダルを獲得した。
これまで4大大会のシングルスで28回(全豪11、全仏8、全英1、全米8)、ダブルスで22回(全豪8、全仏8、全英4、全米2)優勝している。またパラリンピックで金メダルを4個、銅メダルを2個獲得している。
2023年1月に引退を表明、翌月7日に引退会見を行った。
それによると2022年の東京パラリンピック後から引退を考えており、2022年のウィンブルドン優勝後によりその意識が具体化し、全米オープンで「やり切った」と判断したという。
引退後もパラスポーツの普及に協力していく意向を表明している。
エピソード
錦織圭が活躍する前、日本の記者がロジャー・フェデラーに「なぜ日本から世界的な選手が出てこないのか」と質問したとき、フェデラーが「日本には国枝がいるじゃないか!」と返したとされている。
このエピソードの真偽自体は不明だが、国枝がテニス界では誰もが認める存在であったことを表すエピソードかもしれない。
しかしこうした華々しい実績を残しながら、車いすテニスのマイナーさも相まって、長らく国内ではあまり知られていなかった。
現在は錦織の活躍もあり、国枝の存在、そして車いすテニスという競技も十分に認知されているといえる。