市村ハナ
いちむらはな
『美醜の大地』の主人公。過去に受けた仕打ちのために大切な家族を喪い、人生を復讐に捧げた孤高と非運の女性。
昭和2年(1927年)に当時日本領だった樺太で生まれる。早くに父を亡くし、貧しい母子家庭で育ったが、愛する弟の留吉や優しい母と共に慎ましく暮らしていた。あまり器量は良くないものの、人を思いやる心優しい性格の持ち主。『これからは女性にも学問が必要』という父の方針で、女学校への入学が実現。ハナもこれを喜び、勉学に励み良い職に就いて家を助けようと、初めは希望に満ちた学生生活を送っていた。
しかし長期に亘り学校を休んでいた高嶋津絢子に話しかけた事がきっかけで、彼女を筆頭とする女子グループから激しいいじめに遭うようになる。その内容も悪質極まりなく、容姿を馬鹿にされるのは勿論、暴力、冤罪、果ては性被害をも含む酷いものであった。担任の常岡久次はルッキズム至上主義の差別的な人物だったが故に、ハナを悪人と決めつけ、周りの級友も絢子のバックを恐れてか積極的に助けようとしなかった。
終戦後、樺太から北海道へ向かう船に乗り込んだ際に偶然同じ船に乗り合わせていた絢子たちに泥棒という冤罪をかけられ、船から追い出されてしまう。幸い翌日に来た次の船に乗り込むが、その船がソ連兵の空爆で沈められ(三船殉難事件)、母と弟を喪う。
家族を失った無念、虐げられ侮辱された憎しみを忘れられず、これまでの弱い自分を殺し、強烈な復讐の鬼として絢子らへ思い知らせることを決意する。
その後顔を隠して夜な夜な体を売り、整形のための資金を稼ぐ。ヤクザ(後の協力者である鶴田)からの情報でどんな外科手術を受け持つと言う天才外科医・内田胤篤の噂を聞き、彼に別人の如き美女へ整形するよう頼み込んだ。
整形手術で美女に生まれ変わると、戦中に散逸していた戸籍の「小石川菜穂子(こいしかわ なおこ)」の偽名を名乗り、その美貌と生来の人柄の良さから綿貫晋平をはじめとする多くの男性を虜にするようになり、かつて自身をいじめた女子グループの元へ復讐に向かう。
内田の助手・菊乃や謎めいた弁護士の青年・深見栄一等、彼女の復讐に共感を抱く協力者の手も時に借り、絢子への包囲網を徐々に狭めていく。
また、整形手術後には整形前の素顔をモデルにした仮面を贈られており、ターゲットを追いつめた際はこの仮面を纏った姿で現れ、ターゲットを破滅に追い込む。しかし一方で元の優しい心根と善性のために、他者を不幸にすることに慣れていないハナは罪悪感を抱き、苦悩する事もあった。
自分をいじめた女子グループのメンバーである内海敏恵や小倉百子、奥田スミ子、並びに元担任である常岡や元同級生の桐谷ヤエ子に対しては人生を破壊するほどの復讐を遂げる一方、グループの一人であった瀬尾サチのことはある理由もあって見逃している。しかし、グループの首謀格である絢子だけは未だにトラウマらしく、彼女の冷たい瞳に恐怖を抱いている。