死のワナの地下迷宮
しのわなのちかめいきゅう
「死のワナの地下迷宮」とは、イギリスの出版社「ペンギン・ブックス」から出版されていたゲームブック「ファイティングファンタジー」シリーズの第6弾「DEATHTRAP DUNGEON」の日本語版タイトルである。出版社は社会思想社。
後年になって、ホビージャパンより挿絵が日本のラノベ風のものとなった「デストラップ・ダンジョン」も発売された。
コク川の流域に位置する、チアンマイ地方北部の地方都市・ファング。
そこは小さな町だったが、現在は「迷宮探検競技」が開催されるようになり、年に一度、多数の人間が訊ねてくるようになっている。
数年前から、ファングを統治するサカムビット・チャラヴァスク公は、ファングを注目させるためにあるイベントのアイデアを思い付いた。
ファングの背後に、出口が一つだけの大迷宮を建設し、突破した者には、賞金として金貨一万枚と、チアンマイの永久統治権が与えられる……というコンテストだ。
サカムビット公は入念に迷宮を設計し、ついに完成させた。
最後に、配下の警備兵から選りすぐりの腕利き十人を完全武装させ、テストとして迷宮に送り込んだが……彼らは帰ってこなかった。
この話は話題になり、宣伝になり、サカムビット公の「迷宮探検競技」は開催。
最初の年には17人の戦士が挑戦したが、生還者はゼロ。
やがて、毎年挑戦者が迷宮に挑戦しては、生還者はゼロ……という事が繰り返され、ファングはこの競技で、「今年こそは突破者が出てこないか」という期待で見物客も膨れ上がり……繁栄していった。
後に「決死行」と呼ばれるようになったこのイベントは、今では何か月も前から準備が行われ、商売人の屋台の出店や、大道芸人などが集まり、お祭り騒ぎに。
そして一獲千金を狙う志願者の受付も行われ、開催日の夜明け前まで、前夜祭のどんちゃん騒ぎが続く。そして開催日になると、迷宮の前に群れ集い、誰が最初に迷宮に入るかを見守るのだ。
腕に覚えのある戦士の君=主人公は、今年こそはこの「決死行」に挑戦しようと決意し、ポート・ブラックサンドに向かう。そこで北へ進む船の旅券を購入し、コク川に向かい……コク川を筏でさかのぼって、ファングに辿り着いた。
参加登録を行い、挑戦者の証であるスミレ色のスカーフを腕に巻く。
前夜祭を楽しみ、そして当日がやってきた。
主人公=君は、他に五人の挑戦者とともに、これから過去に誰も生還者を出さなかった迷宮に挑戦するのだ。
六人中、五番目の挑戦者として、君は迷宮へと足を踏み入れた……。
シリーズ五作目。
迷宮、(生活空間のある)城砦、森林、都市と続き、再び舞台を迷宮とした一作。
迷宮に挑戦し、それを突破するという内容だが、その理由が「コンテスト」であり、「邪悪な魔術師やドラゴンが潜み、それを倒す」という、やや使い古された感のある陳腐な設定や理由ではなく、「大義ではなく、栄光を自主的に求めた主人公が、あえて挑戦する」という設定が、当時としては斬新であった。
それに加え、「火吹山の魔法使い」でも描かれていたが、やや少なかった「迷宮内の生活」も、多く描かれている。
地下迷宮は人口の建造物であり、「決死行」はコンテスト。それゆえに、迷宮を維持し整備するための人員が必要不可欠で、なおかつ彼または彼女の生活空間もまた、迷宮内に存在しているのだ。それは、迷宮の整備員や競技の監督のみならず、「決死行」の他の参加者も同様。本作は、登場するキャラクターたちを、より強調し、魅力的に描いているのだ。
特に、「冒険の途中で誰かと出会い、その後に同行する」というような展開も、本作から行われるように。
ストーリー性が若干弱かった過去作に比較して、本作はキャラクターの魅力、ストーリー自体の魅力を、より際立たせた、ファイティングファンタジーの初期の傑作と言える。
主人公=君
戦士。剣を装備し、皮鎧を着ている。
過去五年間、この「決死行」に惹かれていたものの、それは賞金のせいでなく、いまだかつて迷宮を突破した者がいないという事実から。そのため、今年こそ突破してやろうとして、参加を決意する。
サカムビット・チャラヴァスク公
アランシア北部チャンマイ地方の交易都市、ファングを治める男爵。先代の統治者で父親のアルカット・チャラヴァスクが亡くなった時、21歳で男爵を襲名し、現在まで統治している。
やや暴力を好むものの、ファングを長く平和に統治しており、ファング市民にはかなりの好感を持って迎えられている。
「決死行」の立案者にして主催者。本人の登場はほとんどないが、最初の開催日に、挑戦者たちを出迎える時にその姿を現した。
スロム
今年の挑戦者の一人。眼帯をした隻眼のバーバリアンで、バトルアックスを武器に持つ。
途中で主人公=君と同行し、協力しつつ迷宮を進む。戦闘能力はもちろん、敵モンスターが持っていたお守りに関する知識なども持ち、有能な戦士にして冒険者である。ただし、書物や魔法のポーションなどは信用せず、そういうものより自身の勘や戦いで切り抜ける事を好む。
その逞しい身体に違わず、牡牛のごとく体力も高い。毒蛇に噛まれても死なず、意識が朦朧となっただけで済み、その状態で戦ってもかなり強い。
冒険行を主人公と同行し、ある程度の友情も育んだが……。
クロム
今年の挑戦者の一人。スロムの兄であり、「無敵のクロム」の二つ名を持つバーバリアン。弟同様に、バトルアックスを装備。また、腰布の物入れに、携帯用の乾燥肉を持ち歩いている。肉は異様な外観だが、特殊なハーブにより治癒の効果が付加されている。迷宮の最初の方で遭遇するが……。
※なお、近年まではクロムの名は日本版ファイティングファンタジーにおいては記載されていなかったため、ただの無名のバーバリアン扱いされ、スロムとも無関係と思われていた。
近年(2020年)に「超・モンスター事典」の邦訳が発売され、その「バーバリアン」の項目内に、「有名なバーバリアンの冒険者」として「『決死行』に参加した無敵のクロムとその弟スロム」の記述から、かのバーバリアンの素性とスロムとの関連とが、ようやく判明した次第である。
女戦士
挑戦者の一人。騎士に続き、三十分後に二番目に迷宮に入った。艶やかな金髪に、猫のような緑の目を持ち、その姿はどこか妖精めいている。レザーアーマーの上着を着て、短剣を差した十字帯を胸に締めている。猿を象ったお守りと、パン種抜きのパン(小麦粉を発酵させずに焼いたものと思われる)を所有。
忍者
挑戦者の一人。四番目に迷宮に入っていった。黒い忍者装束に身を包み、覆面をして、腰に暗殺具をいくつも装備した、まさに忍者そのものといった姿をしている。手裏剣と忍者刀を武器とする強敵。冒険者としても優秀で、主人公が遭遇した時には、どこからか既にダイヤモンドを入手していた。
アイビー
迷宮内で働いている、強欲で醜い大柄なトロールの女性。「毒のアイビー」という二つ名を持つ。ある場所で、エレベーターの動力(ロープ付きの籠を引き上げる役割)となって働いていた。自分の仕事場に、よく似た容姿の弟(「盗賊都市に登場したトロールの衛兵・サワベリー)の肖像画を飾っており、それを指摘すると自慢話を始める。
迷宮監督のドワーフ
迷宮内で、スロムとともに進んでいた主人公の前に待ち受けていたドワーフ。運(予測したサイコロの目を出す)、反射神経(毒蛇を素手で掴む)、知恵(アナグラムを解いて、その答えのモンスターと戦う)で、参加者をテストする。主人公とスロムとで、別々にこのテストを受けるが……。
ブラッドビースト(血獣)
表紙に描かれているモンスター。
4m以上はある巨大な身体は膨れ上がり、手足が無いために酸性のねばついた泥沼に浸かっている。皮膚はなめし皮のように丈夫で、まばらに棘が生えてもいる。体色は不快な灰緑色。
頭部には牙が生えた口と、無数の目がある。が、本当の目はこの中の二つで、この怪物の唯一の弱点。本物の目は急所なので、水疱を擬態させて目にみせかけている。そのため、この怪物を倒すには、目を突く以外にない。
しかし、口からは舌が長く伸び、敵に巻き付ける事が可能なため、短剣で切り落とさない限りは泥沼に引きずり込まれてしまう。そうなると酸性の泥に身体を分解され、ブラッドビーストに貪り食われるはめになる。
ピット・フィーンド(地底怪獣、穴悪魔、穴魔獣)
途中の闘技場で遭遇するモンスター。
その姿は、二本足で立ち上がったトカゲもしくは爬虫類で、恐竜のティラノサウルスにも似ている。恐竜の生き残りなのか、立つ事を覚えた大トカゲまたは爬虫類の類なのかははっきりしない。しかし硬い鱗の皮膚を持ち、巨体と、その尻尾による一撃、牙の生えた口での噛みつきなど、強力で危険なモンスターである事は確か。
ミラー・デーモン(鏡魔人、鏡の悪魔)
迷宮内の、鏡で一杯の部屋に登場するデーモン。その姿は、四つの顔と四本の腕を持つ人間の女性で、鏡から出現する。鏡は次元の扉を兼ねており、ここに犠牲者を引っ張り込む事を企んでいる。
戦闘は通常の武器でも通用するが、一度でも戦闘に負けたらその手を掴まれ、鏡に引きずり込まれて二度と出てこれない。
近くにある鏡を叩き割れば、次元を繋ぐ扉を破壊した事になり、ミラー・デーモンも死ぬ。しかしそのためにはしっかりした一撃が必要で、なおかつ叫び声とともに掴みかかるミラー・デーモンを前にしたら、そう簡単にはいかない。
鏡を割れば、デーモンの身体もひび割れ砕け散り、あとにはガラスの欠片だけが残る。
マンティコア
迷宮の最後に立ちはだかる強敵。老人の顔を持つ獅子で、コウモリの翼とサソリの尻尾を持つが、サソリの尾の針は毒針ではなく、弾丸のように発射する。そのため、遠距離でもこの針を打ち出して攻撃できる。盾を持っていないと、この針を回避することは困難。
迷宮探検競技:シリーズ21作目。ファングの迷宮の改良版が、舞台として出てくる(ただし、本作とは趣きや雰囲気が異なる)。