地獄の館
じごくのやかた
「地獄の館」とは、イギリスの出版社「ペンギン・ブックス」から出版されていたゲームブック「ファイティングファンタジー」シリーズの第10弾「THE HOUSE OF HELL」の日本語版タイトルである。出版社は社会思想社。
後年になって、ホビージャパンより挿絵が日本のラノベ風のものとなった「ハウス・オブ・ヘル」も発売された。
主人公=君は、夜間の雨の中。自動車を運転して先を急いでいた。とある老人から近道を教えてもらい、このでこぼこ道を走っていたのだが、雨はますますひどくなる。
が、いきなりヘッドライトに人の姿が浮かび上がり、人をはねてしまった。君はハンドルを切ったが、そのとたんに側溝に車が落ちてしまう。
外に出て探して見たが、死体はいくら探しても見つからない。
ぞっとしつつ、車に戻りエンジンをかけるが、かからない。それどころか、完全に動かなくなってしまった。
夜も遅く、最後に通り過ぎた自動車修理店も30キロは後ろにある。
どうしたものかと迷っていたが、君の視界に家の明かりが入って来た。場所はここから、五分も歩けば辿り着けるだろう。あそこで電話を借りて、自動車修理を呼んでもらおう。
雨の中、君はコートをはおってその明かりの家屋へ、……大きな館へと向かった。
だが、激しく雨が降り、稲妻が走っていたため、君は視線を下へと向けていた。そのために、目前の館に対しいくつか「見逃して」しまった。
館は古く、廃屋寸前だった。そして何より……気付いたら引き返したはずの、重要な点を見逃してしまっていた。
館には、電線が引かれていなかったのだ。
こうして、君にとって……一生忘れる事の出来ない夜が、開こうとしていた。
シリーズ10作目。
「ファイティングファンタジー」シリーズ初の、そして唯一の、「ホラー」作品。
舞台は現在(発売当時からして、70年代から80年代あたりと思われる)。一般人の主人公が車を運転して、たまたま幽霊屋敷に辿り着いてしまう……という、今までとは異なる導入部になっている。
それまでは、ヒロイックファンタジーの世界観ゆえに、主人公は剣を用いて戦う事は日常茶飯事であったが、本作ではあくまでも一般人。血生臭い事とは無縁の存在として描かれている。
そのため、最大の特徴として「恐怖点」のシステムを追加している。
それまで通りに、技術と体力と運を決めるのは普通だが、本作はそれに加え「恐怖」の値を決めねばならない。これは最初はゼロで、ショックを受けたり恐怖を覚えるような異常な状況に陥ったら徐々に増え、最後の限界値を越えたら発狂してショック死し、ゲームオーバーになってしまうのだ(いわゆるSAN値)。
なので、館から脱出するためにあちこち調べる必要があるものの、やり過ぎると死体を見つけたり異常な状況を目の当たりにして、恐怖点が増加してしまい、恐怖による発狂死に近づくはめになる。加えて、当然ながら普通に体力を減らし、ゼロになったために死亡……という状況もあるので、ある意味それまでの作品の中で一番難しいと言える。
それだけでなく、内容も今までに比べて難しくなっている。本作は難易度で言えば、それまでに発売されたファイティングファンタジーシリーズの中で最も高く、体力がゼロになっての死亡と、恐怖で発狂してのゲームオーバー以外に、展開により行き詰まり、そのままゲームオーバーという事がかなり多い。
真の正しき道は一つしかないと、最初の解説で言われているが、まさにそれを体現しているのだ。一つ道を間違えたら、特殊なアイテムを有していて危機的状況を乗り越えたとしても、その後で別の危機が襲いゲームオーバー……という展開が、本作ではあちこちに存在している。そのために、本作のクリアはなかなか難しい。
が、難しい事がやり込み要素になったのか、本作の人気はかなり高く、タイタン以外を舞台にしたジャンルの中では一二を争うほどである。スティーブ・ジャクソン(英)本人も、「解くのが難しいものほど喜ばれるようだ」と、本作の人気に対しコメントしている。
ゲームブックの原典とも言える、テーブルトークRPG。それには当然、剣と魔法のヒロイックファンタジーもの以外にも、SFもの、そしてホラーものなど、数々のジャンルが存在する。
そして、SFおよびホラーは、ファンタジーものに次いで人気のあるジャンルでもある。実際、ラグクラフト原作の「クトゥルフの呼び声」など、ホラーTRPGは多く出ている。
本作は、そういったゲームブックにおけるファンタジー以外のジャンル開拓、SFに続きホラージャンルの開拓作としても、執筆された側面がある。
加えて、タイタンを舞台にして、その世界観の作品をより多く執筆して深く極めようとしていたリビングストンと対象に、スティーブ・ジャクソン(英)の方は、「同じものを二度は書かず、常に新しい事にチャレンジする」という傾向がある。
「さまよえる宇宙船」に続き書かれた本作は、そのチャレンジ精神の現れとも言える作品である。
主人公=君
夜間の嵐の中、車を走らせていたが、人をはねて車を側溝に突っ込ませてしまう。そこからたまたま近くにあった「地獄の館」ことドラマー邸を訪ねる。
あくまで一般人で、当初は武器を有していなかった(そのため、技術から三点差し引いた状態でスタート)。
ケルナー卿
ドラマー(ドルマー:drummer)の館の主人。伯爵の爵位を有する。
長身の中年男性で、その目つきは鋭い。嵐で難儀になった主人公を温かく迎え、料理を用意させて、ともにテーブルに着く。しかし、実は「夜の高僧」とも呼ばれる邪悪な存在。
ドラマー邸
かつては伯爵家として栄えた一族が住んでいた館。ケルナーが最後の一人。
領地は館を中心とした数キロの土地。小作人たちの農耕地から、一族に収益をもたらしていた。
しかし、ケルナーの姉が32歳の時に不可解な状況での死……空き地で、妙な印を首に付けて死亡していたため、黒魔術や魔女の事が噂になり、農民たちはじょじょに別の土地に移ってしまった。
が、実はこの館には、実際に悪魔崇拝者が集まっている。悪魔から信者への祝福の儀式のため、罪のない無関係な一般人の旅人などを誘拐しては、生贄に捧げていた。
クリス・ナイフ
この館の「主」を倒すために必要な、地獄の業火で鍛えた短剣。曲がりくねった刀身に、真珠の柄を持つ。元は「主」を称えるために鋳造されたものらしい。
このナイフは、地下のとある場所に隠されているが、それを開けるためには合言葉が必要。
本作は、ファイティングファンタジーのサポート雑誌「ウォーロック」の英国版第3号に、一足先に公開された項目数185の短編別バージョンが存在している。
この雑誌掲載版が、後に増補改訂されて書籍版として発売。本作はいわば「メディアミックス」を狙って出版されたものだったらしい。
サイコ:ドラマー邸の本文中の挿絵のデザインが、同映画のノーマン・ベイツ邸のそれに近い。
暗黒教団の陰謀 輝くトラペゾヘドロン
:同時期に、別レーベルから出ていたホラーゲームブック。題材はクトゥルフ神話で、「SAN値(恐怖による発狂死)」の他、「主人公=君は一般人」「直接戦闘はほぼこちらに勝ち目はない」など、共通点が存在する。
顔のない村
送り雛は瑠璃色に
:ファイティングファンタジーのサポート誌「ウォーロック」に掲載された作品。それぞれ12号、30~31号に掲載。日本の伝承を題材に採った、現代が舞台の和製ホラーな内容のゲームブックであり、後に合本で単行本化された。ルール自体は、ファイティングファンタジーのそれと同じ。