「真夜中の盗賊」とは、イギリスの出版社「ペンギン・ブックス」から出版されていたゲームブック「ファイティングファンタジー」シリーズの第29弾「MIDNIGHT ROUGE」の日本語版タイトルである。出版社は社会思想社。
作品解説
タイタンはアランシアに存在する、悪名高き盗賊の街。ポート・ブラックサンド。
周辺地域にその悪名を轟かせているこの地には、強盗、すり、追いはぎ、泥棒、物乞いといった、ありとあらゆる種類の盗賊たちを束ねる盗賊ギルドが存在している。
そして、盗賊ギルドは今宵、若き盗賊見習いに一つの試練を与えようとしていた。
長き修行を終えた後、正式なギルドメンバーになるための最後の試練が、今夜行われる。
盗賊見習い……すなわち君は、ギルドの長・ラニックより直々に、試練の内容を伝えられた。
その試練とは、『ポート・ブラックサンドのどこかに隠されている宝石、「バジリスクの瞳」を盗み出す』、というものだ。期限は日没から夜明けまで。
これを成功させれば、君は正式な盗賊ギルドのメンバーとなり、一人前の盗賊として認められる。しかししくじったら、落伍者として笑いものになるだろう。
ラニックが伝えた情報は、
「宝石は一週間前に、ブラスという商人が購入した。彼は用心深く、この宝石を町のどこか、あるいは周囲のどこかに隠してしまった。ブラスはコインをシンボルとしている」
という事のみ。
これから君は、真夜中のポート・ブラックサンドに足を踏み入れ、宝石を隠している場所の手がかりを得て、盗まねばならない。
修業時代に学んだことを思い出し、自分の持ち物を再度チェックすると、君は出発した。
シリーズ29弾。
今回は、「盗賊都市」で出て人気を得た舞台、盗賊の街「ポート・ブラックサンド」を舞台とした一編である。
盗賊の街であるブラックサンドで、盗賊となってあちこちを探し回り、手掛かりを得てお宝を盗み出す……という、今までにありそうでなかった内容である。
これまでにも、お宝目当てで冒険に出る……というものはないわけではなかったが、主人公のキャラは戦士またはそれに近いもので、戦闘をメインとした戦士でもなく、呪文を放つ魔術師でもない、「盗賊」という職業をプレイヤーキャラクターに付加させているのは、既存のシリーズの中でも極めて珍しい。
また「盗賊都市」と比較しても、前作は昼間の街を探索しつつ進み、町を探索……というより、そぞろ歩きの散歩のような一面があったのに対し、本作は「勝手知ったる場所で、夜の闇に紛れて進む」という作風なので、一味違ったブラックサンドの一面が見られる。
ただ、後半から終盤に至るまでは、『バジリスクの目』の探索がメインになってしまい、読者の目線としては「再びブラックサンドに赴いたゆえの、懐かしのあの場所を再訪する」といった楽しみができない事がつくづく残念である。
(いちおう、デッドエンドのパラグラフにニカデマスが出たり、ストーリーに関係ないところで、「盗賊都市」に出た場所を訪れるシーンはあるが、ほんの僅かである)
システム的には、通常の技術・体力・運に加え、盗賊の技能を選ぶという点が付加されている。
最初にキャラメイクする際に、「サイボーグを倒せ」の超能力選択や、「恐怖の神殿」や「サソリ沼の迷路」の呪文を選択するように、盗賊としての特殊技能七種のうち三種を選ばねばならない。劇中、様々な状況下において技能を用いて切り抜けていくのだが、この技能の有無で、切り抜け方が異なってくる。
(この、基本的なシステムに、技能を付加させるという点は、TRPGの「アドバンスド・ファイティングファンタジー」のキャラメイクにも近い)
ただし、本作はクリアのための道は一つのみで、持つ技能を変える事で新たに挑戦……という事ができない。また、途中でアイテムを入手する事で、技能の代わりを手に入れる事も可能(鍵開けの技能を鍵束で代用する、など)。なので、「技能の選択に寄り、様々なタイプの盗賊を作れる」という楽しみ方ができない。要はジャクソン(英)やジャクソン(米)に比べ、どうしても作りに甘さ、不備が見られるのだ。
とはいえ、夜のポート・ブラックサンドで、屋敷に忍び込むシチュを楽しめる点は、今までにない魅力に富んでいる。
「世界の命運がかかっている」というテーマから離れた、「盗賊がお宝を手に入れる」という内容は、俗物的で目先が代わり、この点も魅力が感じられる。
そういった点でも、特異かつ魅力的な一作である。
主な登場人物
主人公=君
本作の主人公。ポート・ブラックサンドの盗賊ギルドにおける盗賊の徒弟で、修行の最後の課題として、本作の任務を受ける事になる。
ラニック
ポート・ブラックサンドの盗賊ギルドの長。主人公=君に今回の試験を申し渡す。
ハゲのモリィ
盗賊たちのたまり場『輪なわ』にある酒場、『ネズミとイタチ亭』の店主。盗賊ギルドの暗号を知っており、場合によっては情報をもたらしてくれることがある。
台車のバーゴ
『輪なわ』で物乞いをしている男。昔は兵士だったが、戦いに参加して両足を腿から切断して失ってしまった。現在は台車に乗って、物乞いをしつつ生活している。多少のなまりのある口調で喋る。
物乞い故に、街の情報をあちこちから仕入れている。また、物乞いをしている最中に色々な場所からがらくた漁りもしており、礼を失しなければ役立つものをくれる事もある。
マダム・スター
「盗賊都市」でも、マーケット広場に占いのテントを出していた、中年女性の占い師。『輪なわ』にある小屋で生活している。本作でも主人公を占ってくれる。
ブラス
恰幅の良い商人で、今回の標的である宝石『バジリスクの瞳』の所有者。コインを自らのシンボルとして、建物や持ち物などに入れている。職場である商人ギルドにも、自身のコインのシンボルがある。自宅の書斎にある金庫は二つの鍵が必要で、うち一つは寝る時も手放さない。
自宅には使用人と娘がいる。
アラコール・ニカデマス
歌う橋の下にある、小屋に住む魔法使い。
舞台、アイテムなど
『輪なわ』
ポート・ブラックサンドのマーケット広場の裏側、盗賊ギルドのすぐ近く、リング状になった街路。商人はいないが、ポート・ブラックサンドおよび、アランシア中でも、ここ以上に噂話や情報が集まるところはない。内部にはハゲのモリィが経営している酒場『ネズミとイタチ亭』や、マダム・スターの家がある。また、物乞いたちのたまり場でもある。
ブラスの自宅
アズール卿の宮殿近く、フィールド門近くのフィールド通りに建つ館。二階建てで、一階には台所と使用人の部屋。二階には踊り場に並び、ブラスの書斎と寝室、子供部屋が並んでいる。
一階の玄関ホールには鎧が飾られているが、非常に崩れやすい。
商人ギルドの建物
マーケット広場の向こう側に存在する、商人たちの事務所が入った大きな建物。
商人とその商店ごとに、シンボルが付けられている。
バロウの丘
フィールド門から街の外に出て、そう遠くない場所にある土地。塚と荒れ果てた庭園、そして焼け落ちた屋敷跡がある。百年以上前、ここには立派な屋敷が存在していたが、住人に次々に不幸が訪れ、屋敷はそのまま住む者もおらず、火災が起こりそのまま現在に至る。
バジリスクの瞳
今回の標的。これを盗み出さねばならないが、どこに隠されているかは定かではない。
非常に大きな宝石だが……。
盗賊ギルド
『輪なわ』のすぐ近くに本部がある。ラニックを長とする、盗賊を束ねる集団。盗賊のみならず、すり、物乞い、追いはぎなども盗賊ギルドの傘下にあり、メンバーとなっている。
盗賊ギルドの最後の試験
盗賊見習いの徒弟が、正式な盗賊としてギルドのメンバーになるための試験。ギルドの伝統であり、試験を行う際には徒弟と、ギルドの長、そしてギルドの主だった幹部メンバーたちが集まり、宣言が行われる。その時に「試験を受ける事に不服のある者はいるか」と言われるが、これはただの決まり文句。
『輪なわ』の中でなら、ギルドの試験を受けている最中は、他の盗賊は徒弟に手は出さない。しかし外ではその限りではない。
盗賊の技能
本作では、主人公は盗賊ギルドで修業し、以下の七つの特殊技能のうち、三つを身に付けている。
- すり:繊細な指の動きで、気付かれないように物を取る技能。サソリの近くに置かれた鍵を、サソリに気付かれないように取ったり、罠の仕掛けられたワイヤーを作動させず、その上に置かれた物を取ったりなどできる。これは代用がきかない技能である。
- 錠破り:鍵が無くとも、錠前や鍵穴を破り、開けてしまう事ができる。合鍵があれば、代用がきく。
- 壁登り:垂直の壁を、わずかな手がかりだけで上り下りする事ができる技能。建物の外壁を昇り、内部に侵入する事ができる他、壁に囲まれた場所で敵に迫られても、壁を登って逃れる事にも使える。鉤付きロープがあれば、ある程度代用がきく。
- 忍び足:足音を出さずに歩く技能。足音を出さないため、侵入時に見つからないのはもちろん、眠っている怪物の側を通らなければならなかったり、刺激や振動を出さずに歩かねばならない時にも役立つ。足に巻くボロ布があれば、ある程度の代用がきく。
- 姿隠し:気配を完全に消したうえで物陰に隠れる事で、追跡者から逃れたり、危険な存在に見つからずに済んだりできる技能。黒いフード付きマントがあれば、夜の闇の中でなら代用がきく。
- 感知:感覚と観察眼を鋭くする事で、隠し扉や罠を見つけ出す事ができる技能。隠し扉や隠し金庫を探し出し、隠された宝物を見つける事ができたり、罠を感知し避ける事でトラブルを回避したり、閉じ込められた際に脱出する手がかりを得たりなど、様々な事を見極める事が可能。代用がきかない技能。
- 目利き:秘密の印やシンボルや絵柄などに隠されたサインなどから、それらが表す意味や意図を理解し、読み取ることができる。例えば、盗賊の仲間が秘密の印をこっそり描くことで、素人や盗賊以外の者には知らせないようにして、会話や情報のやり取りをする事が出来る。他にも迷宮などで危険があったら、印を残す事で仲間だけにその事を伝える事ができたりと、情報収集には欠かせない技能。代用がきかない。