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筒井順昭

つついじゅんしょう

筒井順昭とは筒井順慶の父。若くして家督を継承し、かつて対立した十市遠忠と手を組んで越智氏や細川家臣・木沢長政などを破って筒井家の最盛期を築くが若くして死去した。(1523年-1550年)
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概要

1523年、大和国の豪族・筒井順興の長男として誕生。弟に順政順国(筒井定次の父)・順弘(筒井定慶・順斎・慶之の父)がいる。

1528年、父から家督を譲られて若くして筒井家当主となる。初めは細川晴元に属す木沢長政の元、細川家と対立する河内畠山家当主・畠山稙長十市遠忠と争った。

後に1540年に幕府の仲裁の元、遠忠と和睦。更に1542年に木沢長政が三好長慶に滅ぼされた事で順昭は稙長に寝返って以後は独自の勢力を持った大名として豪族・越智氏と戦い続けて筒井家の最盛期を得る。

しかし1550年に27歳の若さで夭逝した。

故事成句・「元の木阿弥」

死去する直前、順昭は「私に似た人物がおろう。その方を我が息子が成人するまで私の影武者として仕立てよ」(意訳)と命じた。この人物の名は黙阿弥(木阿弥)という人物で盲目であったが順昭に似た人物であったため、筒井家臣団は彼を順昭の代わりとして当主に仕立てた。

当主代行の間、黙阿弥は贅沢な暮らしが出来たが、順慶が正式な家督を継承すると彼は奈良に戻されて元の僧に戻った。これが「元の木阿弥」という故事成句が生まれたと伝わっている。

信長の野望

覇王伝PKより初登場。筒井家の最盛期を築いた事から筒井家当主ではトップのステータスを誇るが、1550年死去なので信長誕生など限られたシナリオしか登場しない。しかも最新作「創造」のシナリオによっては寿命が数年しかない事もあるので注意。

ちなみに彼の父・筒井順興も覇王伝PKから登場しており、息子に次ぐ高めのステータスを持っているが、こちらは1535年没なので当主としての活動は短い。

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