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賀陽宮恒憲王

かやのみやつねのりおう

賀陽宮恒憲王とは明治時代から昭和までの旧皇族、陸軍軍人。
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概要

賀陽宮邦憲王の第一王子、母は好子妃。陸軍の階級は中将。

プロフィール

続柄賀陽宮邦憲王の第一王子
称号王→皇籍離脱
敬称殿下→皇籍離脱
出生1900年1月27日
死去1978年1月3日
配偶者九条敏子公爵九条道実の四女)
子女邦寿王美智子女王治憲王章憲王文憲王宗憲王建憲王
父親賀陽宮邦憲王
母親醍醐好子(侯爵醍醐忠順の長女)
役職陸軍中将、貴族院議員


経歴

明治33年(1900年)に誕生、戦前恒憲王は陸軍軍人だったが昭和22年(1947年)に皇籍離脱し、賀陽恒憲となる。昭和53年(1978年)に死去。

王子、王女

第一王子:邦寿王
第一王女:美智子女王公爵徳大寺実厚の次男斉定と結婚するが後に離婚)
第二王子:治憲王
第三王子:章憲王
第四王子:文憲王
第五王子:宗憲王
第六王子:建憲王

関連タグ

旧皇族 賀陽宮 陸軍

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