賛否両論
さんぴりょうろうん
こうなる要因として“別に犯罪でもなければ状況的に仕方のない所もあるが、何かしら他人が不快に感じるような不興を買う行為を行った”とか“全体的に面白い作品だが、見る人を選ぶような際どくて極端な描写がある”とか、あるいは“確かに良い所もあるがそれ以上に無視できない欠点がある”などが挙げられ、そういう要素があった人物および作品はこの賛否両論という評価になりやすい。
ただ両論とは言ってもその肯定論と否定論の比率が対等的かと言われればそうとも限らず、肯定意見が多数派であろうと否定意見の方が多数派であろうと賛否両論と言えてしまうかなり曖昧な定義であり、決して具体的な評価とは言い難い。そのため肯定、否定どちらかの意見を持つ人からにして見てもあまり受け入れられないと感じる言葉でもある。
裏返すと、ある程度評価の固まっている対象についてさえ、揚げ足を取ろうと思えば小さな賞賛や批判を取り出して「賛否両論」状態に持っていける。世界のすべての意見を取り上げることなど不可能であるため、どのような対象であっても(それが倫理に反していようとも)、あらゆるものの評価は「賛否両論」なのだということもできる。
例えばチャットAIは中間意見の抽出器であるため、専門家やジャーナリストなどが高度な観点から穿った議論を投げかけると糠に釘を打つように「一概にそれは言えません」と返答するばかりであり、相対主義に陥っている。
もっとも個人の嗜好や主義という観点から見れば何事においてもこういう評価の分かれ方はよくあることだが、周りに大きな影響を与える人間や大勢の人間が関わっている人気コンテンツでこの手の議論が巻き起こると非常に荒れやすい傾向にある。
上記の通りどうとでも受け止められる言葉であるため、肯定的な人間に言わせれば“賛否両論=好きな人間だって少なからずいる”という擁護となったり、逆に否定的な人間に言わせれば“賛否両論=そもそも賛否両論であること自体がその対象に問題があることの証左”という理屈になったりと主張する側の人間によってその意味合いが変わることは珍しくない。
また、一般的に批判されている対象について、ファンコミュニティの情報サイトなどで信者が否定的な論調を封殺するためのなあなあの言葉として「賛否両論」と記すこともある。
物事の固定的評価とは、どんなものにも是非があるのを認めた上で小さな欠点や小さな美点は捨象して、「概ねこう言っていいだろう」と見做せる範囲で共有される一種の幻想である。
かつてマスメディアが支配的で、国民が五大紙のどれかの社説を真似するという形で自らの意見を形成していた時代であれば日本語圏のオピニオンや事実認識はある程度均質化されていた。しかし、情報ソースの細分化・階層化が起きた21世紀では「固定的評価」そのものを探すのも次第に困難となりかけてきており、知的権威が世論を形成しにくくなっている時代である。
Twitterのクソリプ問題で表面化したように、現代の大衆にとっては上位審級すら不在であり、公論のフィルターを通さない自分の感想こそが最重要の位置を占めている。
ポストトゥルースの時代にあってはもはや議論の前提となる事実関係にすら共通基盤がなくなってしまい、対象の良否を検討することすら困難な事例も見られる。
要するに、賛否両論とはマジックワードに過ぎないという側面を持つ。
大衆が適切なコミュニケーションの方法を失っていけば、あらゆる物事が評価軸を失って賛否両論に流されてしまう危機を孕んでいる。
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