概要
中国の清代前期の短編小説集『聊斎志異』の第1巻に記載される妖怪。
「人犬」との別名を持ち、資料によっては「脳味噌取り」という名前で紹介しているものもある。
獣頭人身の化け物で、死体が残された戦場や墓場に出没し、死人の頭を嚙み割って、脳髄を啜り取るとされ、次のような話が伝わっている
順治18年(1661年)に起きた「于七の乱」の後、棲霞(せいか)県の李化竜は難を避けて山奥へと逃げる途中、運悪く官軍の大軍に遭遇してしまった。身を隠す場所はなかったが、折しも夜の事、李は道にゴロゴロと横たわる死体に中へと身を伏して死体の振りをして何とか窮地を脱することに成功した。
しかし命が助かったことで気が抜けて力が入らなかったのか、李は官軍が通り過ぎてしまっても、暫く起き上がる事ができなかった。
するとどうだろう、周りの、頭や腕のない死骸が次々と起き上がって立ち並ぶとそのうち、肩の下にぶら下がっている斬られた首の口から、呟き声が聞こえてきた。
「野狗子が来たぞ、どうしよう。」
すると、他の死骸達も口々に「どうしよう、どうしよう。」と呟き、間もなく、先ほどと同じく横たわっていた様に、その死骸も皆倒れて、声も聞こえなくなった。
李は恐ろしくなり、逃げ出そうとするも、その時、何者かの足音が聞こえてきたので、また身を伏せた。眼だけをそっと開けて様子を窺うと、それは、身体は人間だが、獣の顔をした化け物であった。化け物は、屈み込むと、死骸の頭を噛み割って、脳味噌を啜り始めた。李は恐怖に震えながら、傍らの死骸の腹の下へと頭を突っ込んだ。化け物は、程なくやって来ると、足で李の肩を跳ね上げたが、李は、頑として頭を上げなかった。化け物は業を煮やしたのか、今度は李の上にある死体を押しのけ、李の頭に嚙り付こうとした。その時、李は、腕ほどの大きさの石を探り当てると、それを無我夢中で怪物へと打ち付けた。すると、石は怪物の口の当たり、怪物はフクロウの様な悲鳴を上げ、口を押えながら逃げ去って行った。
逃げながら怪物は路上に大量の血を流していったが、その血溜まりの中には、長さ4寸(約12cm)程の化け物の牙が2本残されており、それは中間が僅かに曲がり、一方の歯は鋭く尖っていた。
李は、気を取り直すと、この歯を持ち帰って人々に見せたが、誰も知らなかったという。