解説
戦争をテーマとするライトノベル作品。著者はまさきたま氏。
著者はTS作品を数多く手掛けているが、本作はTSのお約束要素等を抑制した、シリアスな戦記ものとなっている。
WEB版の正式タイトルは『TS衛生兵さんの成り上がり』。
著者曰く、幼女戦記の影響を受けノープロットで執筆を開始したとのこと。
2021年12月14日にオンライン小説投稿サイト『ハーメルン』にて連載が開始され、(後に『小説家になろう』、『カクヨム』でも連載)2024年10月30日に完結した。
2023年7月28日、ファミ通文庫(KADOKAWA)より商業書籍化。イラストはクレタ氏が担当。2024年11月現在、既刊3巻。
物語前半は成り上がり要素が薄いため、タイトルは「戦場日記」に改題された。内容も加筆され、「戦後にとある歴史オタクがトウリの日記を発掘し、戦争の真実を知っていく」形で、2つの時間軸で物語が進むよう再構成されている。
2023年8月25日にコミカライズ版がコミックレグルスにて連載開始した。作者は耳式氏。2024年11月現在、既刊2巻。
舞台は「初めて塹壕戦がメインになった戦争」であり、1世代前まで騎兵やマスケット銃が活躍していた点、化学兵器・疫病といった要素が登場する点から、モデルは第一次世界大戦と思われる。
あらすじ(書籍版)
オースティン帝国は隣国サバト連邦と10年に渡り、泥沼の戦争を続けていた。
戦場では砲撃魔法が飛び交い、発達した銃器によって塹壕は屍山血河の様相を呈し、戦争の終わりはいつまでも見えなかった。
そのオースティンに、トウリ・ノエルという戦争で両親を失った一人の少女がいた。
回復魔法の素養を見出されたトウリは、孤児院の厳しい経営を助けるべく、成人後軍に志願し衛生兵として配属された。
トウリは一見ごく普通の少女だったが、一つ人と違うことがあった。
彼女は前世の記憶を持っていた。前世における彼女は男であり、プロゲーマーであり、FPSの世界において神だった。銃を持って戦う限り彼女(彼)は無敵であった。
だがトウリは最前線に配置され、そこで現実の戦争の洗礼を受けることとなる。
トウリが配置されたのは、弾丸の前に飛び出し泥と血に塗れる突撃兵、その中でもとりわけ苛烈で有名な、ガーバック小隊であった。
トウリが過酷な戦場を必死に生き延びる中、戦争の狂気は収まることを知らず膨れ上がり、残酷な運命にトウリは翻弄されてゆく...。
20年後、世界大戦の爪痕が未だ各地に残る中、遺品回収のボランティアをしていた男が、かつての西部戦線塹壕跡地で一つの手記を発見した。
男はその手記を持ち帰り読み進めていくが...?
登場人物
主要人物
西部戦線の最前線部隊、ガーバック小隊に配属された新人二等衛生兵。15歳(物語開始時点)。
書籍版の語り部であり、オースティンの出版社に勤める記者見習い。
ガーバック小隊
- ガーバック
ガーバック小隊の隊長で階級は軍曹。周囲からは「イカれてる」と称されるほどの暴力的な人物。小さなミスに対してさえ、大怪我を負うほどの苛烈な指導も辞さないため、衛生兵たちからは余計な仕事を増やすと忌み嫌われている。理想的な突撃兵で「盾」の魔法の達人。大怪我を負っても眉一つ動かさないほど痛みに耐性がある。国に数少ない「エース」の一人であり、サバト連邦からは「剣鬼」と呼ばれ恐れられている。
トウリにスパルタで実践的な「盾」の運用を叩きこみ、基礎体力を付けさせ、結果としてこれが後に何度もトウリの命を救うこととなった。
- サルサ
トウリと同時期にガーバック小隊へ補充された新兵。明るくひょうきんな性格。大怪我をトウリに治療され生き延びたが、その後の戦闘でトウリを庇い命を落とす。
- アレン
ガーバック小隊の偵察隊長を務めるベテラン兵。
- グレー
ガーバック小隊所属のベテラン兵で階級は上等歩兵。ちゃらい性格だが頼れる先輩。
- ロドリー・ロウ
補充兵としてガーバック隊に配属された少年兵。転属直後は刺々しく殺人狂のように振舞うが、徐々にトウリと親しい仲になる。
- ヴェルディ
補充兵としてガーバック小隊に配属された偵察兵で階級は伍長(→少尉→中尉→少佐→中佐)。士官学校卒のエリートであり、レンヴェル少佐の甥。ガーバックのお目付け役として配属される。
頭の回転が速く指揮官としては優秀だが、考えることが多すぎて前線だと咄嗟に動けないことが多い。
ウィンでの軍再編後は、少尉に昇進し中隊を率いる。その後も絶望的な撤退戦を何度も成功に導き、順調に出世してゆく(この成功の裏にはトウリの献策があるが、裏を返すと実績皆無の衛生兵の策でも、最善と見れば採用する判断力と決断力を持つ)。出世の度に仕事が増えており、本人はあまり喜んでいない。
トウリ衛生小隊
- ケイル
マシュデールに住む若手癒者で、マシュデール撤退戦に民間協力者として参加。その後ウィンでの緊急徴兵時に軍に志願し、一等衛生兵として編入した。トウリのことを「リトルボス」と呼ぶ。
- アルノマ
隣国フラメール出身の舞台俳優。劇を鑑賞に来ていた兵士の影響で、ウィンでの緊急徴兵時にオースティン軍に志願した。自分が人生の主人公であることを信条とし、常に主人公として相応しい振る舞いを心掛けているストイックな性格で、カリスマ性も高い。
- ラキャ
二等衛生兵。馬鹿正直な性格で、ウィンで緊急徴兵された際に「後方だから安全」と騙されて先行部隊へ志願してしまった。
- エルマ
ウィンで緊急徴兵された看護兵。ケイルとは元恋人。
トウリ遊撃中隊
- ガヴェル
中隊の次席指揮官で階級は曹長。レンヴェルの孫。士官学校卒業後、下積みとして輸送部隊隊長を務めていた。
- アルギィ
看護兵。男性恐怖症かつアルコール依存症持ちで、普段はまともに喋らず「ぷくぷく」と音を鳴らして、相手に察してもらっている。サボり癖があるが酒が入っているときだけは真面目に働く。
- ナウマン
工作兵長。妻と娘と息子がおり、家族(特に娘)を溺愛している。
オースティン軍
- レンヴェル
オースティン軍少佐(→中佐→大佐)。ガーバックの上官であり、西部戦線の数十キロの指揮を受け持つ。若い頃はガーバック以上に暴力的で理不尽な人物であった。
先頭で自ら斧を振るう、帝国が誇る名将の一人だったが、戦争の常識が変わり、自分が時代遅れになりつつあると自覚している。
身内贔屓が激しく、気に入った人間しか出世させない悪癖がある。
- ベルン・ヴァロウ
オースティン軍南部戦線の参謀将校(少尉→少佐)。元は昼行燈であったが国の危機に頭角を現し、一時はオースティン首都にまで迫ったサバト軍を撤退に追い込んだ。
後の歴史で「救国の英雄」と評価されるが、その本性は邪悪な快楽殺人鬼であり、自身が悪人であることを公言して憚らない。
水に落ちた犬を打つことが得意な追撃戦の天才。また、国家を俯瞰して見る戦略眼をも併せ持つ。
- アリア
レンヴェル少佐の娘で魔導中隊を率いる少尉(→大尉)。国に数少ない「エース」の一人。
- ゲール
西部戦線の中央医療本部の女性衛生部長。階級は衛生少尉。自身の救急箱として衛生兵を隊に入れるようガーバックに要求され、新兵のトウリをガーバック小隊に配属させた人物。
- ゴムージ・ウェーバー
トウリがマシュデールで出会ったオースティン軍の落伍兵。自分や家族が生き残るためにはどんな汚い手段でも用いる主義。恨みは忘れないが恩も忘れない。サバト兵がうろつくマシュデールから脱出する過程で両足を失うも、トウリの協力で辛くも生還した。その後は軍を退役し、サバト連邦に亡命している。
生まれはサバト連邦で、行商でオースティンにいた時に戦争が勃発し帰れなくなっていたところで、クーシャという娼婦に出会い、結婚した。セドルの父親。
- アンリ
オースティン軍中佐(→大佐)。南部戦線の総司令官。礼儀正しく物腰柔らかい、政治家タイプの人物。
- ローヴェ
ウィンでの軍再編後に徴兵された二等歩兵。ラキャの幼馴染。戦後、サバトとの国境の街パッシェンにレストランを構えている。
- レイターリュ
南軍戦線の女性衛生部長。階級は衛生准尉。ナイスバディの美人であり、かなりの好色。元は堅物だったが、恋人が戦死し、知り合いの勧めで慰めに男娼の店に行ったところドハマりしてしまった。その後の恋人も全員最速で戦死したため「戦場の死神」として兵士達に恐れられている。
- リナリー・ロウ
ロドリーの妹。二等通信兵。
- ケネル
トウリ連隊の大隊長で階級は大尉。太ったおじさんだが、経験は豊富で優秀。
- ジーヴェ
トウリ連隊の大隊長で階級は大尉。レンヴェル一門の1人。真面目一辺倒で女性に免疫がなく、普段は気さくだが女性を前にすると固まってしまう。
- クルーリィ
参謀少佐。ベルンの腹心であり狂信者。
オースティン関係者
- タクマ
マシュデールの癒者で、医学博士の資格も持つ大ベテラン。医者としての専門は感染症。体格と髭から「クマさん」と呼ばれ親しまれている。
- フォッグマンJr
オースティン首相。フラメールがオースティンに宣戦布告し、父が殺害されたのち、的確な対応でフラメールの侵攻を押し留めた。
サバト連邦軍
- ブルスタフ・ノーヴァ
サバト連邦軍司令官。政府から、オースティンへの半年以内の勝利という無理難題を求められ、娘が考案した案「多点同時突破戦略」が使えると判断し採用した。本来は安全策を採りセオリー通りに戦う堅実な指揮官。娘のシルフから見ると凡人(だったが、後に凄まじい愚将を目にし「父は名将だった」と撤回した)。
- シルフ・ノーヴァ
サバト連邦軍参謀大尉。15歳(物語開始時点)。ブルスタフの娘で、類まれな才能から参謀将校に抜擢。従来の塹壕戦の常識を覆す「多点同時突破戦略」を生み出し、オースティンの戦線を崩壊させ、敗北寸前にまで追い込んだ。(この出来事は後にこの作戦は後に「シルフ攻勢」と呼ばれることとなる)通称「塹壕の魔女」。
戦術の天才で指揮能力も高い。性格は高慢で、人間関係の機微に疎く、他人を馬鹿にするところがある。一方で、愛国者でもあり人の死を嫌う善性の持ち主。言うことを聞かない部下の失態で度々戦果を逃していて、信頼できる部下を欲している。
後の歴史では「史上最低の愚将」と評価される。
- ゴルスキィ
サバト連邦軍の「エース」の一人。オースティンからは「雷槍鬼(カミキリ)」と呼ばれ恐れられている。実は男色。
- ブレイク
サバト連邦軍東方司令部の将軍。政府高官の犬であり、プライドが高く、現実的な戦況判断ができない上に、自国の村落からの徴発や兵士の絶食といった非倫理的な指示を平気で下す。
サバト連邦関係者
- レミ・ウリャコフ
ベルン・ヴァロウがオースティン国内にて匿っていた女性。希代のカリスマであり、サバト連邦に戻ったのち労働者議会を率いて革命と共産主義国家の建国を目指す。
地理
- オースティン帝国
主人公トウリの故郷。首都はウィン。内陸国であり貴族が存在する君主制国家。隣国のサバト連邦とは物語開始時点で10年戦争を続けており、西部と南部に二つの戦線を抱えている。
政務は世襲制で、フォッグマン家の当主が代々首相を務める。軍の将官も同様で貴族の名誉職であり、大佐が事実上の最高指揮官として存在する。皇帝は実務こそ行わないが、貴族を懲戒する権限があり、皇帝一族が代々生真面目だったため政治体質はそこそこクリーンに保たれている。
名前のモデルはオーストリアと思われる。
- ノエル
主人公が育ったオースティンの小さな村。
- マシュデール
堅牢な城壁を持つオースティンの都市。
- サバト連邦
オースティンの西部にある敵国。首都はヨゼグラード。
国土の多くが凍土であり、バーニャの習慣があるほか、「兵士の死因の第三位がアルコール中毒」と言われるほど酒が好まれる。12歳から飲酒可能。
モデルはロシア帝国がソビエト連邦と思われるが、帝政でもないし共産主義国家でもない。
一度オースティンに勝利しかけるが、オースティンの無条件降伏を拒否し進軍を決定したところ、ベルンに戦況をひっくり返され勝利を逃した。無条件降伏拒否という暴挙に出た理由ついて、後にいくつかの釈明がなされたが、実際の理由は戦後も不明である。
その後、国民の不満が爆発し国全体を巻き込んだ悲劇に繋がる。
- オセロ
サバトの村であり、ゴムージの生まれ故郷。
- フラメール
オースティンの隣国。エイリスと同盟関係にある。エイリスともども近代戦は未経験で「騎士」がまだ軍で幅を利かせており、兵器の性能ではオースティン・サバトの両国に大きく後れを取っている。
- エイリス
オースティンの隣国。フラメールと同盟関係にある。
用語
魔法
作中での魔法は「その魔法の素養がある」人間のみが発現できる。そのためオースティンでは、希少な魔法の素養を持つ人間は徴兵対象とされる。また一部の魔法は発動に物資を必要とする。
- 癒(ヒール)
怪我を癒す回復魔法。使い手は極めて希少であり(西部戦線のオースティン兵士は全体で10万人いたが、衛生兵は数十人程度しかいなかった)、癒者と呼ばれる。発現する人物には心優しい人物が多いとされる。
癒者と医者とは厳密には異なる存在だが、的確な治療には医学知識も必要となるため癒者兼医者である者が多く、ほぼ同義語として使用される。
使用可能回数には個人差があるが、平均は1日に4,5回(秘薬で魔力を回復しない場合)。ベテランでも十数回。
- 盾(シールド)
バリアを形成する魔法。比較的一般的な魔法で、使い手は装甲兵となるケースが多い。強度は人にもよるが、正面から投石を受ければあっさり砕けてそのまま直撃する程度には貧弱。よって「く」の字に形成して、攻撃を斜めに逸らすように使用される。
- 砲撃 ※仮称
「魔石」を消費して遠距離を爆破する魔法。癒と同じく使い手は希少で、魔導兵として運用される。現在の戦争の主役であり、現実で言うところの大砲。
戦略・戦術
- 多点同時突破戦略
サバト連邦軍シルフ・ノーヴァが考案した塹壕突破戦略。内容は単純な「戦線全体での同時侵攻」。考案された当時の前線指揮官は、誰もが絶対に失敗すると主張したが、オースティンとサバト連邦が双方、対一点突破に全振りした防御ドクトリンを形成していたため成功した。あくまで奇襲なので、敵を無理に止めようとせず一旦下がれば、効力の大半が失われる。
オースティン参謀将校のベルン・ヴァロウはシルフの1年前に同じ作戦を提案していたが、非現実的だとして実行には移されなかった。
- 浸透戦術
シルフ・ノーヴァが考案した塹壕突破戦術。モデルは第一次世界大戦後半にドイツで採用された戦術。精鋭部隊が匍匐前進で塹壕に接近し、手榴弾で奇襲を仕掛ける。精鋭が敵の塹壕の一部を確保した後はそこを起点に後続の突撃兵がなだれ込み、塹壕を制圧する。
その他
- 秘薬
魔力のポーション。アルコールの他、あまり体によくない成分が色々と含まれており、飲むと軽い興奮状態になる。激しい戦闘の後は、衛生兵達が仲良く秘薬をキメて不眠不休で兵士の治療にあたる。
- ヴォック酒
サバト連邦の名産品である、非常に度数の高い酒(要はウォッカ)。サバト連邦軍のとある突撃部隊には、ひっくり返した鉄帽にヴォック酒を注ぎ、一気飲みする伝説の度胸試しがある。
- 労働者議会
レミ・ウリャコフが率いるサバト連邦反政府組織。所謂、共産主義を掲げて革命を目指している。サバト政府が支持を失うのと入れ替わる形で影響力を増したが、思想が捻じれて広まった結果、国中で富裕層に対する略奪を招いた。