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WGIP

うぉーぎるといんふぉめーしょんぷろぐらむ

ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(英語:War Guilt Information Program、略称:WGIP)とは、文芸評論家の江藤淳がその存在を主張した、太平洋戦争(大東亜戦争)終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP、以下GHQと略記)による日本占領政策の一環として行われた「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」[1]である。ウォー・ギルトと略されることもある[2]。

File:War_Guilt_Information_Program-1948-03-03.jpg|thumb|right|300px|「Draft of c/n, Subject : War Guilt Information Program」の文書

'''ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム'''(英語:War Guilt Information Program、略称:'''WGIP''')とは、文芸評論家の江藤淳がその存在を主張した、太平洋戦争大東亜戦争)終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP、以下GHQと略記)による日本占領政策の一環として行われた「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」<ref name="eto1989-225">江藤(1989年) 225頁(文庫版 261頁)</ref>である。ウォー・ギルトと略されることもある<ref>ゴーマニズム宣言新戦争論1p159(2015年、幻冬舎)</ref>。


== 名称について ==

江藤は「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画)という名称はGHQの内部文書に基づくものであると論じている<ref name="eto1989-225"/>。高橋史朗<ref>高橋史朗 『検証・戦後教育-日本人も知らなかった戦後五十年の原点』(1995年、モラロジー研究所)</ref>、藤岡信勝<ref>藤岡信勝 『汚辱の近現代史-いま、克服のとき』(1996年、徳間書店)</ref>、小林よしのり<ref>小林よしのり 『戦争論-新ゴーマニズム宣言special』(1998年、幻冬舎)</ref>、櫻井よしこ<ref>櫻井よしこ 『GHQ作成の情報操作書「眞相箱」の呪縛を解く-戦後日本人の歴史観はこうして歪められた』(2002年、小学館)</ref>、保阪正康<ref>保阪正康 『日本解体-『真相箱』に見るアメリカの洗脳工作』(2003年、産経新聞出版)</ref>、西尾幹二<ref>西尾幹二 『新・地球日本史2 明治中期から第二次大戦まで』(2005年、産経新聞出版)</ref>、勝岡寛次<ref>勝岡寛次 『抹殺された大東亜戦争-米軍占領下の検閲が歪めたもの』(2005年、明成社)</ref>、『産経新聞』<ref>佐々木類・阿比留瑠比・加納宏幸・安藤慶太・乾正人 「戦後六十年 歴史の自縛(3)・(4)」『産経新聞』2005年8月4・5日付</ref>、ケント・ギルバートも同様の名称を使用している。


"War Guilt"は、一般的には「戦争責任」を指す用語である。ヴェルサイユ条約:en:Article_231_of_the_Treaty_of_Versailles|第231条は、通称"War Guilt Clause"、「戦争責任条項」と呼ばれている<ref>[https://www.senshu-u.ac.jp/School/horitu/publication/hogakuronshu/106/sato.pdf F.H.ヒンズリー『権力と平和の模索―国際関係史の理論と現実―』1963年] - ハリー・ヒンズリー 佐藤恭三:訳</ref><ref>[https://hakuoh.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=1840&file_id=21&file_no=1 第一次世界大戦後の前ドイツ皇帝訴追問題] - 清水正義 『白鴎法學』2003年5月号</ref>。


1979年よりウィルソン・センターで米軍占領下の検閲事情を調査していた江藤は、アマースト大学の史学教授レイ・ムーア (歴史学者)|レイ・ムーアより「Draft of c/n, Subject : War Guilt Information Program, From : CIE, To : G-2 (CIS), : Date : 6 February 1948」と表題された文書のコピーを提供されたという<ref name="eto1989-277">江藤(1989年),p.277</ref>。江藤はこの文書について、1948年(昭和23年)2月6日付でCI&E(民間情報教育局)からG-2(CIS・参謀第2部民間諜報局)宛てに発せられたGHQの内部文書であるとしており、「コピーには特段のスタンプは無いが、推測するところThe National Record Center, Suitland, Marylandで、ムーア教授がGHQ文書を閲覧中に発見したものと思われる。」と述べている<ref name="eto1989-277"/>。


しかし、主張の根拠となった「Draft of c/n, Subject : War Guilt Information Program, From : CIE, To : G-2 (CIS), : Date : 6 February 1948」と表題されたGHQの内部文書そのものは江藤らによって公開されていなかった。また、この表題には「ドラフト(案)」との記載がある{{sfn|秦|2012|p=139}}。他方で、CIE文書中には"War Guilt Information Program"と銘打った文書が何点も存在している<ref>勝岡寛次「<書評>関野通夫著『日本人を狂わせた洗脳工作ーいまなお続く占領軍の心理作戦』」『戦後教育史研究』第28号、161頁</ref>との主張もあった。


2015年、関野通夫<ref name="seiron201505">{{Cite journal | 和書 | url = | title = これが「戦後」の元凶だ! 米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘 | journal = 正論 (雑誌)|正論 | issue = 2015年5月号 | publisher = 産業経済新聞社 | date = | accessdate = }}</ref>が、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の名称を使用しているGHQの指令文書<ref>“Implementation of First War Guilt Information Program”(1945年10月頃と推定)、“Implementation of Second War Guilt Information Program”(1946年6月頃と推定)、“War Guilt Information Program (Intra-Section Memorandam)”(1948年2月8日)、“Proposed War Guilt Information Program (Third Phase)”(1948年3月3日) </ref>が国立国会図書館所蔵の「GHQ/SCAP文書」<ref>[http://www.ndl.go.jp/jp/service/tokyo/constitutional/index.html 憲政資料室|国立国会図書館―National Diet Library]</ref><ref>[http://rnavi.ndl.go.jp/kensei/ 憲政資料室の所蔵資料 | リサーチ・ナビ | 国立国会図書館]</ref><ref>[http://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/senryo-hassei-kikan.php#SCAP 日本占領関係資料 発生機関別索引 | 憲政資料室の所蔵資料 | 国立国会図書館]</ref><ref>[http://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/GHQ.php Records of General Headquarters Supreme Commander for the Allied Powers, GHQ/SCAP | 憲政資料室の所蔵資料 | 国立国会図書館]</ref><ref>[http://ghq.ritsumei.ac.jp/db/ GHQ/SCAP DataBaseServer]</ref><ref>[http://www.archives.gov/research/guide-fed-records/groups/331.html#331.36 Records of Allied Operational and Occupation Headquarters, World War II]</ref>の中に存在<ref>文書タイトル 250.402:International Military Tribunal foe Far East 記号 CIE(B)00364-00365</ref>していると、自著<ref>関野『日本人を狂わせた洗脳工作-いまなお続く占領軍の心理作戦』(2015年3月、自由社)</ref>や『正論 (雑誌)|正論』(2015年5月号)<ref name="seiron201505"/>に写真を掲げて主張し、件の文書を明星大学戦後教育史研究センターで発見したと述べている<ref>{{Cite news | url = http://www.sankei.com/life/news/150408/lif1504080003-n2.html | title = 【月刊正論】これが戦後の元凶だ! 米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘 (2/6) | work = 産経ニュース | publisher = 産経新聞 | date = 2015-04-08 | accessdate = 2015-04-13 }}</ref><ref name="sankei20150408-3">{{Cite news | url = http://www.sankei.com/life/news/150408/lif1504080003-n3.html | title = 【月刊正論】これが戦後の元凶だ! 米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘 (3/6) | work = 産経ニュース | publisher = 産経新聞 | date = 2015-04-08 | accessdate = 2015-04-13 }}</ref>(関野は調査に当たり、同大教授の高橋史朗および同戦後教育史研究センター勤務の勝岡寛次からアドバイスを得たと述べている<ref name="sankei20150408-3"/>)。


== 内容 ==

「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」の冒頭には、「CIS局長と、CI&E局長、およびその代理者間の最近の会談にもとづき、民間情報教育局は、ここに同局が、日本人の心に国家の罪とその淵源に関する自覚を植えつける目的で、開始しかつこれまでに影響を及ぼして来た民間情報活動の概要を提出するものである。」とある<ref name="江藤">江藤淳『閉された言語空間-占領軍の検閲と戦後日本』文藝春秋、1989年</ref>。


ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムについて江藤は、その嚆矢である太平洋戰爭史|太平洋戦争史という宣伝文書を「日本の「軍国主義者」と「国民」とを対立させようという意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国 (第二次世界大戦)|連合国、特に日本とアメリカ合衆国|米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている」と分析<ref name="江藤"/>。また、「もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、民間情報教育局|CI&Eの「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。つまり、そのとき、日本における伝統秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。以後日本人が大戦のために傾注した夥しいエネルギーは、二度と再び米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるにちがいない」とも指摘している<ref name="江藤"/>。


また、「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである」としている<ref name="江藤"/>。


“WGIP”を主に担当したのはGHQの民間情報教育局 (CIE) で、“WGIP”の内容はすべてCIEの機能に含まれている<ref name="GHQ183">GHQ/USAFPAC(米太平洋陸軍総司令部) 一般命令第183号(1945年9月22日付)「民間情報教育局の設置」</ref><ref name="GHQ4">GHQ/SCAP 一般命令第4号(1945年10月2日付)「民間情報教育局の設置」</ref>。当初はCIEに“War Guilt & Anti-Millitarist”(これまで「戦犯・反軍国主義」と訳されてきた)<ref name="児玉">児玉三夫訳『日本の教育-連合国軍占領政策資料』(明星大学出版部、1983年、ISBN 9784895490597)</ref><ref name="NHK">NHK放送文化調査研究所放送情報調査部編『GHQ文書による占領期放送史年表 昭和20年8月15日~12月31日』(1987年)</ref>、あるいは“War Guilt & Criminal”<ref name="有山96">有山輝雄『占領期メディア史研究』1996年、柏書房、ISBN 9784760113460</ref>という名称の下部組織(後に「課」)が置かれていた(1945年11月の組織改編で消滅)。


“WGIP”は「何を伝えさせるか」という積極的な政策であり、検閲などのような「何を伝えさせないか」という消極的な政策と表裏一体の関係であり、後者の例としてプレスコードが代表的である。1946年(昭和21年)11月末にすでに「削除または掲載発行禁止の対象となるもの」として「SCAP-連合国最高司令官(司令部)に対する批判」など30項目に及ぶ検閲指針がまとめられていたことが、米国立公文書館分室所在の資料によって明らかである<ref>江藤1989、203-207頁。</ref>。プランゲ文庫保存のタイプコピーには、多少の違いがあるが同様の検閲指針として具体的内容が挙げられている。{{seealso|プレスコード}}

== 中国共産党による「二文法」 ==

2014年7月、イギリス国立公文書館が所蔵する英国内のスパイ摘発や国家機密漏洩阻止などの防諜を担うMI5などの秘密文書のうち、「共産主義者とその共感者」と名付けられたカテゴリーに『ノーマン・ファイル』(分類番号KV2/3261)があることが公表され、戦後に日本でGHQの通訳をして日本共産党を支援していたエドガートン・ハーバート・ノーマンについてガイ・リッデルMI5副長官からカナダ連邦騎馬警察(RCMP)ニコルソン長官に宛てた1951年10月9日付の書簡内で「イギリス共産党に深く関係していたことは疑いようがない」と共産主義者のスパイだと記されていたことが判明した<ref name="sankei20140727">[http://www.sankei.com/world/news/140727/wor1407270013-n1.html 「ノーマンは共産主義者」英断定 GHQ幹部 MI5、35年の留学時]産経新聞、2014.7.27</ref>。同ファイルには、GHQでマッカーサーの政治顧問付補佐官だった米国外交官、{{仮リンク|ジョン・エマーソン|en|John K. Emmerson}}がノーマンの共産主義者疑惑に関連して米上院国内治安小委員会で証言した記録が含まれていた<ref name="sankei20150608-1">{{Cite web| url = http://www.sankei.com/life/news/150608/lif1506080009-n1.html | title = 【歴史戦】 GHQ工作 贖罪意識植え付け 中共の日本捕虜「洗脳」が原点 英公文書館所蔵の秘密文書で判明 (1/5) | website = 産経ニュース | publisher = 産業経済新聞社|産経新聞社 | date = 2015-06-08 | accessdate = 2019-05-22 }}</ref>。


『ノーマン・ファイル』によると、エマーソンは1944年11月に{{仮リンク|アメリカ軍事視察団|en|Dixie Mission}}の戦争情報局|戦時情報局(OWI)の一員として中国延安を訪れ、同地で中国共産党野坂参三日本人民解放連盟を通じて日本軍捕虜に心理戦(洗脳工作)をおこない、成功していることを知った<ref name="sankei20150608-1"/>。軍国主義者と人民を区別する「二文法」を用いて、軍国主義者への批判と人民への同情を繰り返し呼びかけ、捕虜に反戦・贖罪意識を植え付けていく内容だった<ref name="sankei20150608-2">{{Cite web| url = https://www.sankei.com/life/news/150608/lif1506080009-n2.html | title = 【歴史戦】 GHQ工作 贖罪意識植え付け 中共の日本捕虜「洗脳」が原点 英公文書館所蔵の秘密文書で判明 (2/5) | website = 産経ニュース | publisher = 産業経済新聞社|産経新聞社 | date = 2015-06-08 | accessdate = 2019-05-22 }}</ref><ref name="sankei20150608-4">{{Cite web| url = https://www.sankei.com/life/news/150608/lif1506080009-n4.html | title = 【歴史戦】 GHQ工作 贖罪意識植え付け 中共の日本捕虜「洗脳」が原点 英公文書館所蔵の秘密文書で判明 (4/5) | website = 産経ニュース | publisher = 産業経済新聞社|産経新聞社 | date = 2015-06-08 | accessdate = 2019-05-22 }}</ref>。


スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員である高橋史朗は、占領軍は日本人に戦争犯罪の意識を刷り込ませる為に、共産主義者や社会主義者を利用し、「精神的武装解除」を実現させる為に左翼やリベラル派を利用して「内部からの自己崩壊」を「教育の民主化」の美名の下に支援することが占領軍の根本的な政策だった、と述べている<ref>日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 高橋史朗:著 致知出版社 平成26年1月30日第1冊発行 {{ISBN|978-4-8009-1029-5}} 87頁</ref>。


エマーソンは、延安における洗脳工作の成果がアメリカの対日政策にも役立つと考えた<ref name="sankei20150608-1"/>。後に大森実に対し、「(延安での収穫を元に)日本に降伏を勧告する宣伝と戦後に対する心理作戦を考えた」と語っている<ref name="sankei20150608-2"/>。


産経新聞は、GHQが占領下の日本で「軍国主義者」と「国民」の分断を意図した政策を実施したとし、これらはエマーソンが「二文法」を用いた中国共産党の洗脳手法から学んだものであるとしている<ref name="sankei20150608-3">{{Cite web| url = https://www.sankei.com/life/news/150608/lif1506080009-n3.html | title = 【歴史戦】 GHQ工作 贖罪意識植え付け 中共の日本捕虜「洗脳」が原点 英公文書館所蔵の秘密文書で判明 (3/5) | website = 産経ニュース | publisher = 産業経済新聞社|産経新聞社 | date = 2015-06-08 | accessdate = 2019-05-22 }}</ref>。


== 経緯 ==

1945年(昭和20年)7月26日に発せられたポツダム宣言の第6項には「吾等ハ無責任ナル軍国主義ガ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序ガ生ジ得ザルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ」と記されており<ref>『条約集 第二十六集第一号』(外務省条約局、1948年) JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B02033037100(外務省外交史料館)</ref>、8月14日に日本政府はこの宣言を受諾した。


9月22日の降伏後ニ於ケル米国ノ初期ノ対日方針で米国はダグラス・マッカーサー|マッカーサーに対し「日本国国民ニ対シテハ其ノ現在及将来ノ苦境招来ニ関シ陸海軍指導者及其ノ協力者ガ為シタル役割ヲ徹底的ニ知ラシムル為一切ノ努力ガ為サルベシ」と指令した。


GHQは1945年10月2日、一般命令第四号に於いて「各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること」と勧告した<ref>江藤1989、226頁。</ref>。


米国政府は連合国軍最高司令官に対し11月3日、日本占領及び管理のための降伏後における初期の基本的指令を発し「貴官は、適当な方法をもって、日本人民の全階層に対しその敗北の事実を明瞭にしなければならない。彼らの苦痛と敗北は、日本の不法にして無責任な侵略行為によってもたらされたものであるということ、また日本人の生活と諸制度から軍国主義が除去されたとき初めて日本は国際社会へ参加することが許されるものであるということを彼らに対して認識させなければならない。彼らが他国民の権利と日本の国際義務を尊重する非軍国主義的で民主主義的な日本を発展させるものと期待されているということを彼らに知らせなければならない。貴官は、日本の軍事占領は、連合国の利益のため行われるものであり、日本の侵略能力と戦力を破壊するため、また日本に禍をもたらした軍国主義と軍国主義的諸制度を除去するために必要なものであるということを明瞭にしてやらなければならない。(下略)」と命令した<ref>保阪正康『日本解体 「真相箱」に見るアメリカGHQの洗脳工作』扶桑社文庫、平成16年ISBN 4594047947</ref>。


同12月8日、GHQは新聞社に対し用紙を特配し、日本軍の残虐行為を強調した「太平洋戦争史」を連載させた。その前書は次の文言で始まる。「日本の軍国主義者が国民に対して犯した罪は枚挙に遑(いとま)がないほどであるが、そのうち幾分かは既に公表されてゐるものの、その多くは未だ白日の下に曝されてをらず、時のたつに従つて次々に動かすことの出来ぬ明瞭な資料によつて発表されて行くことにならう。(下略)」<ref>仮名遣いは出典のママ。()内はルビ。</ref><ref name="江藤"/>


それと平行し、GHQは翌9日から日本放送協会|NHKのラジオを利用して「眞相はかうだ|真相はかうだ」<ref>[https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009060068_00000 真相はこうだ -NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス]</ref>の放送を開始した。番組はその後、「真相箱」等へ名称や体裁を変えつつ続行された。1948年(昭和23年)以降番組は民間情報教育局 (CIE) の指示によりキャンペーンを行うインフォメーション・アワーへ<ref>[http://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009060081_00000 インフォメーションアワー「産業の夕」 - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス]</ref>と変った<ref name="櫻井"/>。


1945年(昭和20年)12月15日、GHQは神道指令を発すると共に、以後検閲によって「大東亜戦争」という文言を強制的に全て「太平洋戦争」へと書換えさせ言論を統制した。当時、米軍検閲官が開封した私信(江藤は「戦地にいる肉親への郵便」かという)は次のような文言で埋めつくされていた。


<blockquote>「突然のことなので驚いております。政府がいくら最悪の事態になったといっても、聖戦完遂を誓った以上は犬死はしたくありません。敵は人道主義、国際主義などと唱えていますが、日本人に対してしたあの所業はどうでしょうか。数知れぬ戦争犠牲者のことを思ってほしいと思います。憎しみを感じないわけにはいきません」(8月16日付)</blockquote><blockquote>「大東亜戦争がみじめな結末を迎えたのは御承知の通りです。通学の途中にも、他の場所でも、あの憎い米兵の姿を見かけなければならなくなりました。今日の午後には、米兵が何人か学校の近くの床屋にはいっていました。/米兵は学校にもやって来て、教室を見まわって行きました。何ていやな奴等でしょう! ぼくたち子供ですら、怒りを感じます。戦死した兵隊さんがこの光景を見たら、どんな気持がするでしょうか」(9月29日付)</blockquote>


江藤は、「ここで注目すべきは、当時の日本人が戦争と敗戦の悲惨さをもたらしたのが、自らの「邪悪」さとは考えていなかったという事実である。/「数知れぬ戦争犠牲者は、日本の「邪悪」さの故に生れたのではなく、「敵」、つまり米軍の殺戮と破壊の結果生れたのである。「憎しみ」を感ずべき相手は日本政府や日本軍であるよりは、先ずもって当の殺戮者、破壊者でなくてはならない。当時の日本人は、ごく順当にこう考えていた。」と主張した<ref>江藤1989、137-8頁。</ref>。


GHQ文書(月報)には敗戦直後の様子が記されていた。「占領軍が東京入したとき、日本人の間に戦争贖罪意識は全くといっていいほど存在しなかった。(略)日本の敗北は単に産業と科学の劣性と原爆のゆえであるという信念が行きわたっていた」<ref>産経新聞平成17年12月20日</ref>


こうした日本人の国民感情はその後もしばらく続き、CIEの文書はG-2(CIS)隷下の民間検閲支隊 (CCD) の情報によれば昭和23年になっても「依然として日本人の心に、占領者の望むようなかたちで「ウォー・ギルト」が定着してなかった」有力な証拠である、また、このプログラムが以後正確に東京裁判などの節目々々の時期に合わせて展開していった事実は看過できないとも江藤は主張した<ref>江藤1989、228頁。</ref>。


東京裁判で東條英機による陳述があったその2か月後、民間情報教育局 (CIE) は世論の動向に関して次のような分析を行っている。


<blockquote>「一部日本人の中には(中略)東條は確信を持つて主張した、彼の勇気を日本国民は称賛すべきだとする感情が高まつてゐる。これは、東條を処刑する段になると東條の殉教といふところまで拡大する恐れがある。」「広島における原子爆弾の使用を『残虐行為』と見做す・・・最近の傾向」<ref>1948年(昭和23年)3月3日附CIE局長宛覚書</ref></blockquote>


こうした国民の機運の醸成に対しCIE局長は6月19日、民間諜報局 (CIS) の同意を得た上で、プログラムに第三段階を加える手筈を整え、情報宣伝に於ける対抗処置を取った<ref>勝岡寛次『抹殺された大東亜戦争 米軍占領下の検閲が歪めたもの』{{要ページ番号|date=2014年2月1日}}</ref>。


== 実例 ==

1945年(昭和20年)12月8日から、「太平洋戰爭史|太平洋戦争史」を全国の新聞に掲載させた<ref name="江藤"/>。

「太平洋戦争史」は新聞連載終了後、中屋健弌訳で翌年高山書院から刊行された(発行日は4月5日と6月10日の2回)。

1945年(昭和20年)12月15日 - GHQ、覚書「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ニ関スル件」(いわゆる「神道指令[」)<ref name="神道">http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbz198102/hpbz198102_2_033.html 覚書「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ニ関スル件」](1945年12月15日、SCAPIN-448、CIE発出)</ref>によって、公文書で「大東亜戦争」という用語の使用を禁止。

1945年(昭和20年)12月31日 - GHQ、覚書「修身、日本歴史及ビ地理[停止ニ関スル件」<ref name="覚書">http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbz198102/hpbz198102_2_033.html 覚書「修身、日本歴史及ビ地理停止ニ関スル件」](1945年12月31日、SCAPIN-519、CIE発出)</ref>によって、修身・国史・地理の授業停止と教科書の回収、教科書の改訂を指令。

1946年(昭和21年)1月11日 - 文部省、修身・日本史 (科目)|日本歴史[・地理停止に関するGHQ指令について通達<ref name="通達">http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbz198102/hpbz198102_2_194.html 学制百年史 資料編 年表](文部科学省)。1975年、文部省編・帝国地方行政学会発行より載録。</ref>。

1946年(昭和21年)2月12日 - 文部省、修身・国史・地理教科書の回収について通達<ref name="通達" />。

1946年(昭和21年)4月9日 - 文部省、国史教科書の代用教材として『太平洋戦争史』を購入、利用するよう通達<ref name="提要">文部省編『終戦教育事務処理提要 第3集』(1949年/復刻版は国書刊行会、1997年、ISBN 9784336039002)</ref><ref name="木村">木村泰夫編『埼玉終戦教育資料 公文書集録』(1967年)</ref>。

1945年(昭和20年)12月9日から、「眞相はかうだ|真相はかうだ」をラジオで放送させた。

「真相はかうだ」は番組名を変えながら、1948年(昭和23年)1月まで続けられた<ref name="江藤"/><ref name="櫻井">櫻井よしこ『GHQ作成の情報操作書「眞相箱」の呪縛を解く ―戦後日本人の歴史観はこうして歪められた―』小学館</ref>。

極東国際軍事裁判<ref name="江藤"/>

1949年(昭和24年)2月、長崎の鐘にマニラの悲劇を特別附録として挿入させる。


== 論評など ==

産経新聞』は次のように論じている。

<blockquote>占領期に連合国軍総司令部 (GHQ) が実施した「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムと同義)は、今も形を変えて教育現場に生き続けている。(中略)文芸評論家の江藤淳は著書『閉された言語空間』の中で次のように書いている。

<blockquote>~「いったんこの(GHQの)検閲と宣伝計画の構造が、日本の言論機関と教育体制に定着され、維持されるようになれば、(中略)日本人のアイデンティティと歴史への信頼は、いつまでも内部崩壊を続け、また同時にいつ何時でも国際的検閲の脅威に曝され得る」~</blockquote>

1999年(平成11年)7月21日に自死した江藤の「予言」は、不幸にも現実のものとなろうとしている<ref name="自縛4">「戦後六十年 歴史の自縛(4)」『産経新聞』2005年8月5日付</ref>。</blockquote>


<blockquote>高橋史朗明星大教授は、「東京裁判が倫理的に正当であることを示すとともに、侵略戦争を行った日本国民の責任を明確にし戦争贖罪意識を植えつけることであり、いわば日本人への『マインドコントロール計画』だった」と論じている<ref name="自縛3">「戦後六十年 歴史の自縛(3)」『産経新聞』2005年8月4日付</ref>。</blockquote>

有山輝雄は、『閉された言語空間』の新刊紹介で、第一次資料によって占領軍の検閲を明らかにした先駆的研究であるとしながらも「著者の主張に結びつけるための強引な資料解釈も随所に見受けられる。また、占領軍の検閲に様々な悪の根源を押しつける悪玉善玉史観になっているが、これは現在の政治状況・思想状況への著者の戦術なのであろう」と評した<ref name="有山90">有山輝雄「江藤淳著『閉ざされた言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』 」『史学雑誌|史學雜誌』99巻3号(1990年(平成2年)3月)</ref>。

山本武利は、江藤の占領研究について、占領軍の検閲方針を示した第一次資料をGHQ関係資料によって検証した先駆的な仕事であると評価した<ref>『諸君!』2004年(平成16年)1月号</ref>。Robert Jacobsによれば、江藤の著書の重要性を認めながらも山本は1996年の『占領期メディア分析』で江藤に反論し、降伏以前に日本当局による検閲が横行していた反面、米国による検閲に対しては日本の左翼が抵抗したという事実を江藤は無視したと山本は指摘した<ref>Robert Jacobs, ''Filling the Hole in the Nuclear Future: Art and Popular Culture Respond to the Bomb'' (2010), p.88</ref>。

日本基督教団手束正昭牧師は、2007年 - 2009年のキリスト教系月刊誌『ハーザー』の連載記事で、大東亜戦争における日本悪玉論はウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの洗脳によるものであるとの見解を発表し、日本悪玉論が日本の宣教を妨げると主張している{{要出典|date=2011年10月}}。

秦郁彦は、江藤の「歴史記述のパラダイム規定…言語空間を限定し、かつ閉鎖した」や高橋の「日本人のマインドコントロール計画」などの主張に対して「果たしてそんな大それたものか」「江藤の論調は必然的に反米思想に行きつく」と否定している{{sfn|秦|2012|pp=138-145}}。秦は米留学中の江藤の体験談を引用しながら、江藤が「日米関係にひそむ『甘えの構造』に早くから気づ」いており「それを最大限に利用していたよう」だと指摘。江藤の論は「アメリカ製の公文書を引き合いに、陰謀の『証拠固め』に乗り出した」「相手が中国や朝鮮半島であれば厄介な紛争を招きかねないが、アメリカなら聞き流すか笑いにまぎらすだけ」の「陰謀説」であり、このような「(日米の協調と同盟の関係を)対米従属と見なし、『甘えても怒られない』(怒ってくれない)のを承知の上で反発する論調」は今後も絶えないだろうと述べている{{sfn|秦|2012|pp=138-145}}。


== "WGIP"の記述があるGHQの文書 ==

<gallery>

Civil_Information_and_Education_Section_-_21_December_7_1945.pdf

Civil_Information_and_Education_Section_-_8_Feburary_1948.pdf

Civil_Information_and_Education_Section_-_APO500_-_3_June_1946.pdf

Implementation_of_First_War_Guilt_Information_Program_(October,1945_-_June,_1946).pdf

Implementation_of_Second_War_Guilt_Information_Program_(June,_1946_-_Feburary,_1948).pdf

Proposed_War_Guilt_Information_Program_Third_Phase_3_March_1948.pdf

War_Guilt_Information_Program_-_3_March_1948.pdf

</gallery>


== 脚注 ==

{{脚注ヘルプ}}

{{Reflist}}


== 参考文献 ==

有馬哲夫『歴史とプロパガンダ』PHP研究所、2015年 ISBN 9784569825823

江藤淳『閉された言語空間-占領軍の検閲と戦後日本』文藝春秋 、1989年(平成元年)/文春文庫、1994年(平成6年)ISBN 9784167366087。(初出は月刊『諸君!』1982-1986年にかけ連載)

櫻井よしこ『GHQ作成の情報操作書「眞相箱」の呪縛を解く-戦後日本人の歴史観はこうして歪められた』小学館文庫、2002年(平成14年)ISBN 4094028862

勝岡寛次『抹殺された大東亜戦争―米軍占領下の検閲が歪めたもの』明成社、2005年(平成17年)ISBN 4944219377

関野通夫『日本人を狂わせた洗脳工作 いまなお続く占領軍の心理作戦』自由社〈自由社ブックレット〉、2015年(平成27年)ISBN 978-4915237805

高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』致知出版社、2014年(平成26年)ISBN 9784800910295

続編『WGIPと「歴史戦」 「日本人の道徳」を取り戻す』モラロジー研究所、2019年(平成31年)ISBN 9784896392654

{{Cite book ja-jp|author=秦郁彦|year=2012|title=陰謀史観|publisher=新潮社|series=新潮新書|isbn=978-4106104657|ref={{sfnref|秦|2012}}}}

賀茂道子『ウォー・ギルト・プログラム GHQ情報教育政策の実像』法政大学出版局、2018年8月 ISBN 978-4588321344


== 関連項目 ==

{{commonscat|War Guilt Information Program}}

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:en:A Republic, Not an Empire|A Republic, Not an Empire

:en:Embracing Defeat|Embracing Defeat


== 外部リンク ==

有馬哲夫[「https://ironna.jp/article/1818 日本を再敗北させたGHQ洗脳工作]」

坪内隆彦[「http://tsubouchitakahiko.com/?p=149 占領期の言論統制関連文献]」

[http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/01/036shoshi.html 統合参謀本部「日本占領及び管理のための連合国最高司令官に対する降伏後における初期基本的指令」(JCS1380/15=SWNCC52/7)] - 国立国会図書館

[https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/CIE.php GHQ/SCAP Records, Civil Information and Education Section (CIE)], 国立国会図書館

賀茂道子[ 『日本人は本当に「ウォーギルトプログラム」でGHQに洗脳されたのか』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56971[ 1/4]https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56971?page=2[ 2/4]https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56971?page=3[ 3/4]https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56971?page=4 4/4](週刊現代)



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