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中国共産党

ちゅうごくきょうさんとう

1921年に上海で結党した中国の共産党。その後の人民共和国の唯一の統治政党。
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概要

中国共産党〈簡体字:中国共产党〉
〈英語:Communist Party of China,通称"CPC"〉
(ちゅうごくきょうさんとう〉
1921年に中華民国統治下上海で結党した共産党。その後の人民共和国の唯一の統治政党。政治協商会議に変わる会議人民共和国の最高会議(全国人民代表大会)の独裁政党で、他野党(民主諸派)を人民民主主義に元ずく統一戦線体制により支配下に置く。

歴史


黎明期

1921年に上海で結党。略称は中共(ちゅうきょう)。 中華民国を支配していた中国国民党と対立・協力を繰り返しながら、中共と農民武装集団は勢力を拡大。その後、地方の共産党員の書記だった毛沢東が党中央の運営に参加するようになり、党中央の首班主席(共産党主席)に就任した。毛沢東は臨時政府の臨時主席(臨時元首)となり、1931年に瑞金の中華ソビエト政府を建国するも、中華民国国民党軍の攻勢に負け1年で崩壊。毛も落ち延びる。

その後、毛と中共は長遠などを行い、中国各地を共産シンパを増やしながらしぶとく勢力を維持。西安事件以降は国民党と協力体制を築き(第二次国共合作)、大陸を占領していた日本軍に対して共闘した。しかし、第二次対戦集結と共に日本軍が大陸から撤退すると、中共は1949年間までに中華民国政府をシナ大陸から撃退駆逐した。民国放伐後の北京で共産党とその友党などが主導し、共産国家中華人民共和国を打ち立てた。当初は中国の諸政党と連携した政府だったが、その後共和国政府を明確に共産党一党主導の国家に変貌させた。建国に協力した共産紅軍・国民革命軍新四軍・国民革命軍第八路軍などが統合し人民解放軍となった。

「新中国」時代

建国当初の共和国は「新中国」と呼ばれ、毛沢東党主席による個人独裁国家に近い政治であった。しかし毛主導の政策は失敗。これによって毛はいったん政界を引退する。しかし、後継者の劉少奇による政治に毛は反旗を翻し、文化大革命を引き起こしてそれまでの中国の歴史・伝統と決別した。結局、再び中国は毛沢東個人による独裁国家となった。毛沢東は党主席のまま1976年に亡くなる。毛亡き後も周辺者縁者〈四人組〉による専横政治が敷かれ、中央政府の混乱は収まらなかった。四人組の失脚後は鄧小平らによる党内改革派が行政改革を推し進めた。

天安門事件

1989年前後から加速した冷戦体制の崩壊は、当然中国にも影響を与え、多くの学生が民主政府などを叫んで天安門で大規模なデモを起こした。共産党陣営は一時的に反体制派との和解路線に入り、一党体制を放棄するかに見えた。しかし、一転して徹底的な武力抑圧体制に共産党は転化。最終的に民主化を叫んだ人々の多くが弾圧された(これに関しては中国政府は現在も情報を秘密にしている)。この当時の諸外国の共産党が国家権力を失っていく中、中国共産党は独裁権力の維持に成功した。

「改革開放」路線

天安門事件以降、党副主席・国家及び党軍事委員会委員長(兼任)など要職についた鄧小平が主導権を握り、「改革・解放」を掲げ中国の国家資本主義化を推進した。1990年代以降、貧富の差の拡大・環境問題の悪化・マフィアの跋扈など社会の歪みが顕在化するなか、党の指導体制は改革・開放をさらに推進すべきとする新自由主義派と毛沢東への回帰を掲げる新左派に分かれたが、党内での権力闘争の末新自由主義派が主導権を握り、経済の開放を進めつつ政治改革は極力遅らせる方向で進んでいる。中共は今尚共産主義というモットーを捨てていないが、経済優先の開発独裁色が強く、実のところ日本の自民党、台湾の中国国民党のような保守政党に限りなく近いとも言われる。が、その独裁権力は他国の諸政党とは大きく異なる特徴であるのは言うまでもない。改革・開放以前は労働者(プロレタリア)階級の政党とされていたが、近年では私営企業家の入党が認められるようになるなど、雑多な集団へと変質してきている。現在の党内は必ずしも一枚岩ではなく、内部には団派(胡錦濤をトップとする、中国共産主義青年団出身者の一団)、太子党(高級幹部の子弟)、上海幇(江沢民に連なる集団)などの非公式な派閥があると言われている。世界最大の党員を抱え、一党独裁の政党であるだけに内部の腐敗も深刻で、政治とカネが絡んだ政争も絶えず、汚職を名目に投獄・処刑される幹部もいる。

胡錦濤から習近平に

その後、鄧小平の跡を継いで江沢民(党総書記)政権(1989年 - 2002年)と胡錦濤(党総書記)政権(2002年 - 2012年)の「改革・開放」路線が継続された。この間、中国は、新中国建国以来の“比較的平和”な統治が続いた。その後2012年に政治局常務委員だった習近平が総書記に就任した。習近平は2013年の12月に〈防空識別圏設定〉を中国で初めて行うなど、周辺諸国との摩擦が顕在化しつつある。
防空識別圏
〈防空識別圏〉の設定は、社会主義国家では旧ソ連の〈防空識別圏〉や旧東ドイツの〈識別圏〉などが存在し、空域を飛行するあらゆる国の航空会社などが〈飛行計画〉を提出しなければいけないというものである。当然中国の空域にも飛行計画を提出しなければいけないが、尖閣諸島などにも識別圏を設けたことが日本及び米国の反発を呼び、中国に識別圏の解除を要求する事態となっている。特に、日本は大手航空会社に〈飛行計画〉を中国に提出しないよう呼びかけている。
国家安全委員会設置
習政権は共産党政権延命のために党員の綱紀粛正を苛烈に進めると同時に起きた多発的暴力事件に対処すべく国家安全委員会を設置し、国内の治安維持に全力を注いでいる。

権力構造

中国の統治体制を規定する最高法規たる「中華人民共和国憲法」には、「中国共産党が国家国民を領導する」との旨が記されている。これはすなわち、共産党があらゆる者の上に立つ独裁権力機構であることを示している。中国には、立法機関として全国人民代表大会、行政機関として国務院、司法機関として最高人民法院が存在するが、民主主義国の多くで見られる三権分立の原則はほぼ存在しないと言っていい。実質的には、共産党内の最高指導集団たる中央政治局常務委員会の影響下に置かれている。
中国の最高指導者としての役職は、例えば日本などで「習近平“国家主席”」と報道されるように、国家主席(正式名:中華人民共和国主席)であるかのように思われる。確かに、国家主席は国家を代表する元首にあたり、世界各地の共和制国家における大統領に相当する地位である。が、実態としては、この役職そのものにはほとんど政治的権限は存在せず、事実上の名誉職となっている。実質的な最高指導者の地位は、中国共産党の党首に相当する中国共産党中央委員会総書記、党の私的軍隊たる人民解放軍のトップ党中央軍事委員会主席にある。どちらもあくまで共産党組織内の役職にすぎないが、前述したように憲法で共産党の支配が明記されているため、これらに政治的権限が集中する構造となっている。特に歴史的には、権力の源泉とも言える軍事力を束ねる、後者の党中央軍事委員会主席に就く人物が最高指導者として振舞った。例えば、毛沢東、鄧小平などがそれである。
とは言え、国家主席、党中央委員会総書記、党中央軍事委員会主席それぞれに別の人物が就任するのは政治的混乱の要因となり得る。これは歴史が証明していることでもある。こうしたこともあってか、鄧小平死後は一人の人物がこれら3つの役職を兼ねることで(名目上は)統一された体制を確立するのが慣習となっている。したがって、現在の最高指導者である習近平は、国家主席であり、党中央委員会総書記であり、党中央軍事委員会主席であるのだ。

党綱(編集)

  • 中国共産党は『中国労働者階級の前衛部隊』『中国人民と中華民族の前衛部隊』『中国の特色のある社会主義事業を指導する中核』『中国の先進的生産力発展の代表』『中国の先進的文化前進の代表』『中国の最も広範な人民の根本的利益の代表』である。
  • 党の最高の理想と最終の目標は共産主義を実現することである。
  • 中国共産党はマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論と「三つの代表」という重要な思想を自らの行動の指針とする。
  • 〈マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論と「三つの代表」という重要な思想〉は共産主義者が長期にわたって堅持し終始一貫しなければならない。
  • わが国は現在、そして長期にわたって社会主義の初級段階にある。


この後も『・・・~指導し』が永遠と続くので割愛します。

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