「ホルガは奪い、ホルガは与える」
概要
ミッドサマーとは、2019年7月(日本は2020年2月)公開のアメリカ映画。
監督はヘレディタリー/継承のアリ・アスター。主演女優はフローレンスピュー。
ジャンルとしては、配給元はホラー映画として打ち出しているが、監督は恋愛映画と定義している。
実際の民俗学研究を元に綿密に練り上げた設定と、一日中太陽の沈まぬ白夜のスウェーデンを舞台にした絵本の世界のような幻想的風景、そして見る者の度肝を抜くショッキングすぎるカットが特徴。
あまりにも攻めすぎたカットが多かったため、本国アメリカでは17歳未満視聴禁止となった。(後に保護者同伴で視聴可能となる)
日本版は大人の事情によりボカし入りの上R-15指定に。
ストーリー
大学生のダニーは、妹が両親を道連れに無理心中したため天涯孤独の身となり、自身も精神を深く病んでしまう。彼女の恋人クリスチャンは、もとより依存気味だった彼女をどこか疎ましく感じているものの、上記の一件もあって別れられずにいた。
事件の半年後、クリスチャンは卒業を控えた仲間内で企画していた「フィンランド旅行」に、療養も兼ねてダニーを誘う。企画立案者のペレは、自分の故郷「ホルガ」にキリスト教伝来以前から伝わる土着宗教の祭礼「ミッドサマー(夏至祭)」があると伝え、自らも先導した。
涼しい風、花咲く野道、命あふれる季節。午後の9時になってもまだまだ明るいスウェーデンで、草原で寝そべりながらハッパをくゆらせる。まるで天国のような風景だが、心身共に癒えることのない傷を負ったダニーはふとしたことから強迫観念にとらわれて自身を見失ってしまう。遠い北欧の楽園でも、彼女の心に染みついた地獄は払拭できなかった。
ホルガに着いた一同は、村人に暖かく親切に迎え入れる。見知らぬ果実、見知らぬ料理、娘は皆可愛く、ビールも美味い。男達は浴びるように酒を飲み、女達は花を摘み布を敷き料理に精を出し、娘と子供達は手を取り合って踊り狂う。歌謡は歌詞も意味もわからず、テレビも電波もないけれど、どこまでも続く朗らかで牧歌的で美しい祝祭に、ダニーも一同も骨抜きにされていた。
ペレ「ホルガでは命を季節に例える。芽吹く春、伸びる夏、肥え栄える秋、そして皆の師となる冬」
クリスチャン「その後はどうなるんだ?」
ペレ「・・・・・・」
そして昼夜の境も見えぬまま翌朝を迎えた一同は朝食の席に招かれるが、そこで奇妙な光景に出くわす。村の中心に築かれた黄色い教会(神殿)から、青く継ぎ接ぎだらけの服に身を包んだ老人と老女が現れ、長老でも主催でもない彼らが最上席を占めた。
不可解に思いながら行く末を見送るダニーだったが、やがて老いた男女は神輿のようなものに担ぎ上げられ、崖の上に連れて行かれ、聴衆の目の前で自ら崖を飛び降りた。老女は顔面が潰れて即死したが、老人は脚から落ちたため骨折で済むものの、今度は杵を持った村の娘がその場で老人を撲殺し、顔面をハッキリと粉砕した。
信じられない光景を目の当たりにしたダニーや一同は動揺し、ある者は騒ぎ、ある者は目を背け、ある者は精神が限界まで追い詰められた。我慢ならなくなった一人が主催者の一人に怒りをぶつけると、その者は淀みなく声高に告げた。
「彼らはもう充分に生きてきた、その名前と魂は村の新しい命になって蘇る。死をあるがまま任せてただ待つだけの生は心と魂を腐らせてしまうが、ホルガでは不滅である。この魂の再生こそがホルガなのだ」
魂の復活と再生を謳うホルガは、今までの常識が全く通用しない土地だった。
ダニーたちは既に、自分たちの知る世界とは別の世界に来ていたのだ。
登場人物
〇ダニー・アーダー(フローレンス・ピュー)
主人公の女子大生。
〇クリスチャン・ヒューズ(ジャック・レイナー)
ダニーの恋人。何事にも熱中できず、卒業を控えているのに未だに論文のテーマさえ決めていない。ダニーのことを内心しんどく思っていても、口に出して別れることも出来ず、サプライズのバースデーケーキですらバレてる冴えない男。冒頭から樹脂吸ってる。
彼が終盤で起こしたとある出来事は、ダニーを決定的に裏切り、最後はその罰を彼女自身の手から受けてしまう。同時に事の始まりは村側の人間が引き起こしたアクションであり、事がホイホイ進展したのも村の思惑によるものなので、ある意味被害者でもある。
〇ペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)
今回の旅の企画者にしてスウェーデンはホルガ出身の青年。人の良さそうな丸顔と素朴な顔立ちだが、やはりハッパ吸ってる。村で育ち、村を誇り、心から村を愛している。
絵が得意で、ダニーにバースデープレゼントとして似顔絵を渡したり、異性として意識している描写が見られる。それ故にダニーがホルガの習俗を恐れてパニックを起こすと、真摯な態度でホルガを擁護して居残るようにダニー(と視聴者)を説得する。
ある意味諸悪の根源にして純粋無垢な男。
〇ジョゼ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)
クリスチャンの友人にして真面目な黒人青年(ハッパは吸うが)。専攻は文化人類学で、目下卒業論文の制作中。ホルガで見聞きした出来事を実地研究として論文にまとめるつもりであり、旅の企画が立ち上がる原因を作った。
専攻分野には明るく、作中数少ない「外部の人間」にして「事情通」という特性を兼ね備えるため説明役の役回りを演じる。中盤、唐突にやる気を見せたクリスチャンと卒論テーマで揉めてしまい、功を焦ってホルガの祝祭を子細取材して回るが……
〇マーク(ウィル・ポーター)
クリスチャンの友人にしてどこにでも居るアメリカ人青年。やはりというかハッパ吸ってる。ごく普通の大学生なので、スウェーデンの白夜に文句を言い、ことある毎にホルガの地雷を踏んでしまう。いたくホルガのビールが気に入ったのか、祝祭時はいつも片手にビールを持っている。
しかしあるシーンでホルガの朽ちた霊樹をそうとは知らず立ちションしてしまうが、悪びれるどころか「たかだか枯木の事でなんでそんなにキレるんだ」と発言してしまい、村民の怒りを食らってしまう。(ちなみにこの霊樹は、あるものを治めるための大切な存在である)
〇ダン
ホルガの老人。PVにもこっそり出ている。
実は「ベニスに死す」の超絶美青年タジオを演じたビョルン・アンドレセンが演じているが、老いたとは謂えどかつての美少年俳優なのに全く容赦することのない起用のされかたをしている。
余談
全編にわたり「恋愛ロマンス」「サイコスリラー」「田舎パニック」等の要素が複雑に絡み合い、主人公ダニーを徹底的に追い詰める演出に目が行ってしまう。
が、文化人類学、民俗学などで確固として裏打ちされた祝祭の真意、徹底して作り込まれた脚本や演出から、この夏至祭(ミッドサマー)の真意が再生にあり、劇中のありとあらゆる台詞や演出が復活や転生を示唆している。
これらの見地は、ジェームズ・フレーザーの著作金枝篇やJ・バッハオーフェンの「母権制論」などの影響が見られ、監督の深い知識が垣間見える。この映画に登場する夏至祭で行われている行事の殆どが創作などではなくキリスト教伝来以前、実際に古くからヨーロッパ各地で行われてきた風習であり、クリスマスやハロウィンを通じて今も息づいている文化の源流でもある。
また、監督はこれらの古流ペイガニズムを、前作ヘレディタリーのように「淫祠邪教」として描くのでも無ければ、ネオ・ペイガニズムのように神聖化する訳でもなく、かといって牧歌的で治めることなく歪さや異質さを極限まで引き延ばして描いており、視聴者の恐怖感を余すこと無く刺激してくる。
エンタメとして見るのも充分に推せるが、ファンタジー等の創作に興味のある者には、「異なる宗教、死生観、世界観を持つ者同士が共に存在する状況とは、どういうものか=異世界とは何か」という観点から視聴することをオススメする。
ちなみに邦画である食堂かたつむりと共通する点が多く、明るい狂気、田舎ファンタジー、自然の幻覚的光景など様々な面が共通している。
こちらの場合は意図した狂気表現がないためよりタチが悪いというか
表記ゆれ
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