キューバ
きゅーば
概要
キューバ共和国(キューバきょうわこく、スペイン語:República de Cuba、通称:キューバ)は、カリブ海の大アンティル諸島に位置する社会主義共和国。アメリカ合衆国の南方のカリブ海にある島国で、首都はハバナである。公用語のスペイン語ではクバと読む。本島のキューバ島と小さな諸島は常夏の温暖な熱帯性気候で、ジャングルも多い。かつては中南米の先住民が暮らしていたが、1511年8月にスペインが植民地統治を開始した。また奴隷貿易の拠点となり、アフリカから黒人達が連れ込まれた。
歴史
1492年10月にコロンブスがキューバに来島し、1511年8月にスペインに征服された。1898年12月に米西戦争でスペインが敗北した事でアメリカの軍政下に入り、1902年5月に独立した後は1934年5月までプラット修正条項によって事実上アメリカの保護国だった。その後はアメリカに友好的なバティスタ政権のもとでアメリカの影響にあったが、1959年1月のキューバ革命でソ連の影響にある社会主義共和国となった。
政治体制はキューバ共産党による一党独裁制の社会主義共和国である。その為多党制に基づく議員選挙・大統領選挙は存在しない。1959年1月にフィデル・カストロやチェ・ゲバラたちが立ち上がって革命を成功させ、アメリカ大陸で初となる社会主義共和国となった。元々カストロ自身は共産主義者ではなかったが、冷戦の中でソ連と接近した事と、ゲバラらの感化もあって共産主義に傾倒していった。さらにアメリカを訪問した際に会談するはずのアメリカのドワイト・D・アイゼンハワー大統領がすっぽかしてゴルフに行き、代わりに会談したリチャード・ニクソン副大統領から「革命後の共産主義の影響拡大」・「反革命派の処刑」・「自由選挙の未実施」といった点を並べて問い詰められるなどと冷遇され、アメリカとの関係悪化は決定的となった。
1962年7月に開始したアナディル作戦によってソ連が核ミサイルを設置し、同年10月には核戦争になりかねないキューバ危機が発生する。一触即発の状況に各国は戦争を覚悟したが、結局ソ連の判断でミサイルは撤去されて事態は終結したが、1961年1月にアメリカとキューバの関係は断絶した。1991年12月のソ連崩壊後は経済難となり、自給自足の経済政策で立て直しを図っている。
文化
世界最高水準の医療技術を有し、医師の海外派遣が主要産業の1つである。キューバの音楽・映画も世界的に人気が高く、野球が国民的スポーツである。経済制裁のため町並みはレトロであり、自動車は修理を重ねた1950年代のクラシックカーが現役で走っている。ただし最近輸入された中国車・韓国車・東ヨーロッパの自動車なども多いが、日本車は輸出制限のため少ない。
存命中の人物の個人崇拝が禁止されているのでカストロの像は無いが、チェ・ゲバラを顕彰する像や施設は随所にある。一方で最高の医療水準を有するので医療制度を根本的に壊すTPPやAIIBには参加していない。これは両方とも投資家保護条例と言う投資家保護条例が絡んでおり、医療を壊されたくないキューバは両方とも不参加の要因になった。
政治
キューバの政体は一党独裁制による社会主義共和国である。国内では配給制度を採用しており、その他に出入国には厳格な制限があったが、近年は大幅に緩和された。実際にスポーツの国際大会などで国外に出ると、自由な空気に当てられて亡命する選手も多いらしい。また以前は宗教弾圧・同性愛者の抑圧などを行っていたが、近年はその誤りを認めて改められている。
国際関係
アメリカ合衆国
1961年1月に外交関係を断絶して以来敵対しており、2015年4月まではテロ支援国家に指定されていたが、2021年1月に再度指定された。アメリカからは1962年2月以後から人道的措置と称する食料・医薬品を例外として経済封鎖・経済制裁が継続されている。2013年6月からカナダやローマ教皇フランシスコの仲介で舞台裏での交渉を開始し、2014年12月18日にアメリカのバラク・オバマ大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長がそれぞれ演説し、両国の国交正常化交渉を開始すると発表した。しかし2017年1月にトランプ大統領が就任すると、6月に渡航規制の厳格化・商取引の規制などの制裁を強化して11月に実施し、両国関係は再度冷え込んだ。なお東南部のグアンタナモには、1903年2月以降キューバ政府により永久租借地としてアメリカ軍の基地が設置されている。
ロシア連邦
1959年1月の革命以降ソ連時代から友好関係にあり、特に1962年7月に開始したアナディル作戦によって核ミサイルを配備した。1991年12月のソビエト連邦の崩壊による援助・優遇条件での貿易の停止・縮小はキューバを苦境に追いやったが、ロシアの国力回復と中南米政策の活発化に伴って両国関係は緊密となった。2014年7月にロシアは旧ソ連時代からキューバが負っていた債務の9割を減免し、2017年5月に同国の国営石油会社のロスネフチがキューバへの原油輸出を再開した。
中華人民共和国
中ソ対立ではソ連側についた事もあり、1965年9月に中国との関係がほぼ断絶した。1975年3月に始まったアンゴラ内戦では、キューバはアメリカと中国の影響力の排除を目的に軍を派遣した。1979年9月にフィデル・カストロは、中国が中越戦争で同じ共産圏のベトナムを攻撃し、キューバに敵対的なチリのアウグスト・ピノチェト政権なども支援している事を批判した。1989年11月にキューバのマルミエルカ外相が中国を訪問し、両国関係は回復した。
カナダ
アメリカの友好国であるものの、比較的良好な外交関係を有する。2014年12月にアメリカとの国交正常化交渉を開始した際には、2013年6月からローマ教皇フランシスコと共に舞台裏での交渉を開始していた。
日本
1929年12月に外交関係を樹立したものの、1941年12月に断絶した後は1952年11月に回復した。1945年8月の終戦以降アメリカの事実上の占領下にある日本はアメリカの敵対国と断交した例が多いが、キューバについては革命後も外交関係を維持した。それでも日本から自動車など機械類の輸出規制があるので、主にキューバ産の砂糖が日本に輸出され、1970年代には日本が最大の輸出相手国だった時代もある。