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概要編集

CV:大倉正章

タイフェザー級国内チャンピオンムエタイで32戦全勝全KOの戦績を残した後ボクシングに転向、10戦10勝全KOのパーフェクトレコードを記録し、カオサイ・ギャラクシーの再来とまで謳われた。


戦績に箔をつけるための噛ませ犬として、海外遠征でタイに拠点を構えていた宮田と11戦目に対戦。しかし宮田が放った起死回生のジョルト・カウンター1発でKOされ、生涯初の敗北を喫する。


その痛烈な敗戦ショックがトラウマになり、以後テクニック主体のボクシングを捨て、『神の一撃』を目指して突進から大振りのフックを振り回す一発狙いのスタイルに転向。宮田戦後4年間で34回という常識外れた試合数をこなし、やがて体全体の捻りを拳に乗せるトルネード・ジョルトを身に付け、国内チャンピオンにまで上り詰める。


しかしその代償として、バッティングやパンチで切った無数の傷痕が顔面に出来、また話し言葉の呂律が回らず顔つきも明らかに狂気を帯びているなど、パンチドランカーの兆候も見られるようになった。加えて、近年の試合では倒した選手を再起不能にまで追い込むことから、その風貌とファイトスタイルになぞらえて『スクラッチ(傷物)J』のあだ名で呼ばれている。


目標を東洋太平洋王座から東洋圏内各国のチャンピオンに変更した一歩の初戦の相手として招待され、来日。序盤は並外れた突進力・破壊力で圧倒するが、同じく一発狙いに切り替えた一歩に互角の展開に持ち込まれ、最後はデンプシーロールの軌道を強引に変えて繰り出された左アッパー1発で失神し、敗戦した。

試合終了後、憑き物が落ちたような表情で「目指していたのは神ではなく悪魔だった」と語り、満足したように現役を引退した。


生涯戦績46戦38勝38KO8敗。生年月日は1971年10月13日。


得意技

  • 「ジョルトブロー」 宮田のカウンターとは違い能動的なパンチで、ダッシュして体ごと突っ込み、全力でストレートを叩き付ける。
  • 「トルネード・ジョルト」 大きく体をねじって反動をつけ、全身のバネを使ってその場で放つフック。空振りしてもその反動を使って続けざまに連打できる。

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