事の発端は宗教改革者で有名なマルティン・ルターの「95ヶ条の論題」から始まった。
ルターによる宗教改革はドイツのあらゆる階層に深刻な影響を与え、ローマ教皇と結ぶ神聖ローマ皇帝の集権化に反発する諸侯はルター派に転じ始めてしまい。
没落しつつあった騎士たちは教会領を没収して勢力を回復しようとする反乱を起こし(騎士戦争)を起こす。
そして、教会や諸侯の抑圧に苦しんでいた農民も各地で反乱に立ち上がった。
1524年、西南ドイツのシュヴァーベン地方の修道院の農民反乱から始まった。
彼らは賦役・貢納の軽減、農奴制の廃止など「12ヶ条の要求」を掲げて各地の農民に呼びかけた為、
蜂起はシュヴァーベンから東南のチロルへ、東北のテューリンゲン・ザクセンへと広がっていった。
この農民反乱に直面した諸侯たちはシュヴァーベン同盟を結成して、農民軍の鎮圧にあたった。諸侯軍は4月、ライブハイムで農民軍を襲い、1000人の農民を虐殺してドナウ川に投げ捨て、その後も各地で農民軍を各個撃破していった。
この戦争は後に30年戦争の遠因にもなった。