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ドイツ連邦共和国

どいつれんぽうきょうわこく

ドイツ連邦共和国とは、中欧の連邦制共和国のことである。
目次[非表示]

概要

首都ベルリン
国歌ドイツ人の歌
公用語ドイツ語
通貨ユーロ(€)、かつてはマルク
国花ヤグルマギク、オウシュウナラ

独語正式名称はBundesrepublik Deutschland。英語ではFederal Republic of Germany
日本語名はドイツ連邦共和国、通称ドイツ、漢字表記は独逸
上記の通り、日本語ではドイツ、英語ではGermany、ドイツ語ではDeutschlandとなる他、中国語では德國、フランス語ではAllemagne、ポルトガル語ではAlemanha、トルコ語ではAlmanya…と言語によって呼び方が大きく変わる国である。
人口は約8,300万人。GDPは欧州で最大規模。

首都はベルリンだが、最高司法機関はカールスルーエに置かれ、金融・交通の中枢はフランクフルトにある。他にハンブルクミュンヘンケルンデュッセルドルフといった主要都市がある。

地理

北はデンマーク、東はポーランドチェコ、南はオーストリアスイス、西はフランスルクセンブルクベルギーオランダ国境を接する。
また、北部は、北西側が北海、北東側はバルト海に面する。

大きく分けると北部は比較的やせ地が多い平原で、それが徐々に標高が高くなっていく中部、アルプス山脈のふもとの南部、と移り変わっていく。詳細は後半の「州と都市」を参照されたい。
領域は1990年のドイツ再統一によって、ドイツ民主共和国を構成していた15県および東ベルリンが6州としてドイツ連邦共和国に編入されて、現在の16州となった。

歴史

東西ドイツ分裂が強調されがちだが、歴史を見ると分裂や群雄割拠の時代の方がむしろ長く、案外まとまりのない国である。

紀元前~中世前期

紀元前、ライン川の東からエルベ川にいたる森林地帯にゲルマン民族と呼ばれる人々が居住した。多くの部族に分れていた彼らは、たびたび西方(ガリア)への侵入を繰り返し、ついにユリウス・カエサルの時代にガリアを制圧したローマ帝国と対峙することになる。とはいえ、ライン川の西の人々は属州ゲルマニアの住人として、東の人々は交易などで、南の人々との交流はつづいていた。

やがてローマ帝国の弱体化に伴い、多くのゲルマン人が傭兵などとして西方へ移住。ついに4世紀、さらに東方からの民族移動がきっかけとなって後に「民族大移動」と呼ばれる大移住が行われることになる。ゲルマニアには多くの部族が小国を築き、やがてカール大帝が一応これらの部族公国をフランク王国へ統合。これが9世紀に分裂し、中世の東フランク王国,後の神聖ローマ帝国が形成。この神聖ローマ帝国が後に第一帝国と呼ばれることになる。

中世後期

その神聖ローマ帝国の皇帝は、一応はキリスト教世界最高位の世俗君主、とはされていたものだが、そもそもの成立自体がイタリアローマにおわすローマ教皇の力を借りその権力をバックにドイツ各地に散らばる諸侯を従えるという結構強引なもの。それゆえ歴代皇帝は諸侯の力を削ごうといろいろ努力したが、実りは少なかったという。
このように神聖ローマ帝国は元々結束が緩かったのだが(第一帝国とか、あたかも立派で威厳のある帝国があったかのように言われているのは所謂プロパガンダである)、これにホーエンシュタウフェン王朝の皇帝たちがイタリアに介入したことが、ドイツでの皇帝の地位をさらに弱める追い打ちとなる。皇帝位を受け継ぐべき家がなかなか定まらず、歴代の皇帝は「国王大権」と呼ばれる貨幣鋳造権や裁判権などを諸侯に認め続け、ついには「金印勅書」で7人の選帝侯に完全に領地に対する権利を認めるに至ってしまう。
ようやく皇帝位の長期的な世襲に成功したハプスブルク家もこの趨勢を止めることはできず、プロテスタント勢力の勃興を発端とする宗教戦争、さらに30年戦争を機に皇帝の権力が一気に下行し、諸侯が乱立しているのとそう変わらない状態となってしまった。(とはいえ、諸侯間での協調システムはある一種の連邦制の姿とはなった)

近世~現代

こうした乱立状態の中から、後にドイツ語圏地域の覇権を巡って争うことになるオーストリア帝国プロイセン王国が生まれてくることになる。プロイセンは北東部を中心に、オーストリアは南東部を中心にまとまりを見せる。

ナポレオンの侵略を受けて神聖ローマ帝国が瓦解した後には、あまりにドイツ語を話す国々がバラバラすぎることに知識人層が危機感を覚え、民族主義を掲げてのドイツ統一運動が始まった。この時、小国や聖界諸侯(聖職者が領主を務める領土)の多くが近隣の中規模・大規模領主に強制的に併合させられたこともこれを後押しした。特にプロイセンはウィーン会議後に、ライン川近くまでを領土にくわえる。
当初運動は、オーストリアを中心に全ドイツの統一を目指す大ドイツ主義が優勢だった。しかしオーストリア帝国はドイツ人以外の民族(ハンガリーチェコスロバキアクロアチア等)を領内に多く抱えていたため、大ドイツ主義は現実的ではないとわかり、プロイセンを中心にオーストリア抜きでのドイツ統一を目指す小ドイツ主義が次第に支持されるようになった。

1871年、オーストリア・フランスに続けて勝利したプロイセンはドイツ統一を成し遂げドイツ帝国(第二帝国)が建設される。このころ、ドイツは重工業の一大発展を遂げ列強の一つとみなされるも、当時の欧州の中では植民地の獲得には出遅れ、後に周辺諸国との軋轢を生むきっかけとなる。

第二帝国は第一次世界大戦に敗れ帝政は廃止、民主制のワイマール共和国となるも、世界恐慌をきっかけとする大不況の中で民主制は機能不全に陥り、ヒトラー率いるナチスが生存圏の東方拡大を掲げて第三帝国を宣言。
(この際、第二帝国時代の重鎮たちがヒトラーに手を貸していたことが後の研究でわかっている。ナチスの台頭は彼らにとっては第二帝国の復興を意味し、あながち第三帝国というのもいい加減な呼称ではないのだ)
ポーランドチェコを侵略し、第二次世界大戦を起こすも敗北。報復として東方領土を大幅に削られる羽目となった(現在で言うと、ポーランドのシロンスク地方、ぽポモジェ地方,ロシアのカリーニングラードにあたる)。

戦後は冷戦体制下、ドイツを占領したによって国土はドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国東ドイツ)に分断された。ベルリンの西側占領地域である西ベルリンは東ドイツの領内に取り残され、壁に囲まれる。1989年ベルリンの壁が崩壊し、翌年にドイツ連邦共和国がドイツ民主共和国を併合する形で再統一を果たした。

現在では、欧州の中核を成す大国の一つだが、分断されていた東西の経済格差はまだ残っている。
その為、東西統一の際には東ドイツを救出する際に緊縮財政で経済を再生させたが、現在は西ドイツでも節約の後遺症で格差やインフラの悪化が現れている。
企業でもそれが現れており、最低賃金は8・5ユーロと実はフランスよりも低く、つい最近まで最低賃金が制定されていなかった。

経済と科学

G7欧州連合の一角を成すの大国であり、世界屈指の工業製品輸出国。
政治科学哲学芸術など様々な分野で高い実績を築き、多くの諸外国が規範としている。

科学技術で優れた目は大きく、自動車ではガソリン自動車やディーゼルエンジンを発明し、メルセデス・ベンツポルシェBMWアウディフォルクスワーゲンなど世界的に有名で人気も高く、主要産業として経済を支えている。また、大戦中に液体燃料ロケットの技術開発も進んでいた。
なお、IntelAMDの最先端プロセッサのパターン焼着装置は世界で3社しか製造できず、そのひとつがドイツのカール・ツァイス社である(残り2社は日本のニコンキヤノン)。
医療産業も発達しており、メルクやバイエルといった世界的な製薬メーカーがある。

外交

ドイツは政治や経済が安定している国であり、EUのリーダーとも言われ、外交面でも大きな役割を果たしている。同じEUの加盟国との関係を重視しており、アメリカとはあらゆる分野で関係が冷え込んでいる。ピューリサーチによればドイツ人の9割がアメリカという国に対して好ましくないと回答している。日本との外交関係も疎遠になりつつある。一方、エネルギー面ではロシアと、貿易面では中国との関係を強化している。

社会

出生率が低いため1990年代まで日本以上に少子高齢化が進んでいた。膨大な数の移民を受け入れて国の人口を維持しているが、人種宗教言語の異なる移民の増加はドイツ社会に混乱を招くことになった。国全体としてはリベラルが強く、人権保護に積極的で、特に外国人差別には目を光らせている。最近では環境問題への意識も高い。

スポーツ

2006年FIFAワールドカップの開催を果たした。
また2002年の日韓共催ワールドカップ以降、3大会連続3位以上に入っておりこともあり、世界屈指のサッカー大国。
2014年のブラジル大会では優勝を果たした。
バイエルンミュンヘンを始めとして名門が多いブンデスリーガは日本でも人気が高く、香川真司長谷部誠を始めとして、最も多く日本人選手が挑戦しているサッカーリーグ。
内田篤人も一時期属していたが現在は日本リーグに戻ってきている)

国民

大勢の移民を受け入れている国であり、外国由来の住民が少なくとも2,000万人はいると言われている。特に目立つのはトルコ系やアフガン系などの中東からの移民である。ウクライナポーランドといった東欧からの移民も多いが、同じヨーロッパ人で溶け込みやすいからか中東系ほど問題になっていない。

余暇の過ごし方は園芸ハイキングDIYパズルなど実際的なものが好まれる。また旅行好きな国民が多いが、旅行先は同じ欧州が好まれるため、訪日ドイツ人はイギリス人やフランス人に比べて圧倒的に少ない。なお、漫画やアニメなど「子供っぽい趣味」への風当たりが強く、それゆえフランス語圏(フランスやベルギー)に比べてイマイチコミック文化が浸透しない。自然志向と「質実剛健」の風潮からおしゃれにあまり気を遣わない傾向にあり、ドイツ人(特に女性)は周辺国民からも「飾り気がない」「化粧をしない」「ダサい」というステレオタイプを持たれている。

州と都市

16州

ドイツは16州の行政区分に分かれており、成立が古い行政区から自由ハンザ都市神聖ローマ帝国時代の都市同盟から)、自由州ドイツ革命による諸侯体制の転換から)、第二次世界大戦後の行政区見直しから)となっている。名称は異なれど与えられている権限の差はない。

北部

沿岸地域として神聖ローマ帝国時代からハンザ同盟による北海バルト海通商圏が確立されていた。特に現在のポーランド領に当たる旧プロイセン王国領内との文化的なつながりは深い。平原ややせ地が多い。


東部

東ドイツ地域として東西冷戦時代に州は解体され独自のが置かれていた。東西ドイツ統一後は旧西ドイツと同じ州体制に戻ったが、東西地域間で顕在化している経済格差は今日でも尾を引いている。1996年にはベルリン市庁とブランデンブルク州政府の合併議論も沸いたが住民投票の末に否決された。


西部

ライン川流域の、ドイツ経済を支える工業地帯で人口密集率も高い。歴史的にもドイツ文化の中心地として多くの作家作曲家を輩出してきた。スポーツ分野ではボルシア・ドルトムントなどブンデスリーガ所属のクラブが集中していたりする。


南部

アルプスのふもとに広がる、南北・東西交通の要衝として栄えた地域。古くよりバイエルン王国を筆頭とする有力諸侯が集中していたため郷土愛が非常に強い土地柄となっている。しかしながら中東バルカン半島からの移民難民が流入するルートでもあり、2010年代から湧き上がっているムスリム住民差別が他の旧西ドイツ地域よりも深刻な社会問題となっている。



ドイツ関連のキャラクター

アニメ

漫画

ゲーム

実写

その他

キャラクターのモチーフとしての扱い

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空高く (ちょい調整)
町並み


左:ケルン大聖堂
右:ドイツの町並み

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