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概要

ニュー・トロルスとは、1967年にイタリアのジェノバでギタリストのヴィットリオ・デ・スカルツィとニコ・ディ・パロによって結成されたロックバンド。バンド名はスカルツィが嘗て率いていたバンド、「I Trolls」に由来する。イタリアに於けるロック・ミュージックの先駆者的バンドの一つである。


彼らは1967年のイタリアでのローリング・ストーンズの公演でバックバンドを務めた後、サイケ色の強いファーストの「Senza orario senza bandiera(邦題:遥かなる旅立ち)」をリリース。その後は新たな音楽性を追求する中でプログレッシブ・ロックへと接近し、サード・アルバムの「Concerto Grosso N.I(邦題:コンチェルト・グロッソ N.1)」では映画音楽家のエンリケ・バカロフと組んだ、管弦楽とロックの融合とも言うべき音楽性を提示した。


しかしながら、構想を重視するスカルツィとハード・ロック路線を推し進めるパロとの中心的メンバー間での確執が表面化する。一説には1972年発表、メイン画像の元ネタでもある「Searching for a Land(邦題:見知らぬ桃源郷の探索)」でメンバー内での亀裂が表面化したとされ、同年発表のアルバム「UT」を最後に決定的にバンドは分裂、以降はバンド名の使用権を巡る法廷闘争を繰り広げながら作品を発表する時期に入る。最終的にパロがバンド名の使用権を失い、IBISというバンドを結成して活動していたが、1976年の「Concerto Grosso N.2」で和解が成立し、再び一つのニュー・トロルスと相成った。


1990年代に入ると、ポップ路線にシフトしていたバンドの音楽性は硬直し、再びスカルティとパロの関係は悪化。スカルティは元ラッテ・エ・ミエーレのドラマー、アルフィオ・ヴィタンザと共にプログレに原点回帰したツアーを行って成功を収めた。一方で1998年1月に、運転中のパロが反対車線から倒れてきたトウモロコシの積荷の下敷きとなって、意識不明の重体となった。回復後も記憶障害や左半身失調などの後遺症が残り、ギタリストから鍵盤奏者への転身を余儀なくされた。また、バンド名義を巡る2人の裁判で「ニュー・トロルス」という名義の仕様が難しくなったこともあり、様々な「ニュー・トロルス」が乱立する事態となった。


2000年代に入るとスカルツィとパロは定期的に共演し、ニュー・トロルスあるいはウト・ニュー・トロルス、ラ・レジェンダ・ニュー・トロルスなどの名義で「Concerto Grosso N.I」の再演や続編を行なっている。また、パロは結成当時のドラマーであるジャンニ・ベレーノとも、ウト・ニュー・トロルスを再編したオブ・ニュー・トロルスという名義で作品を発表していることもあり、因果関係がややこしい。


なお、ファーストから1990年代まで長きに渡りベーシストを務めたジョルジオ・ダダモは2015年に、スカルツィは2022年にそれぞれ死去している。


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