概要
江戸川乱歩が『新青年』1926年10月号から1927年4月号に5回にわたって連載した中編小説。
発表時の題名は「パノラマ島奇譚」で、単行本収録時に「奇談」に改題された。
ちなみに、題名の「パノラマ」は周囲を精巧な風景画を描いた壁面で囲い、あたかも鑑賞者の周囲に広大な風景が広がっているように見せる絵画を指す。大正時代に流行った技法であり、執筆時期を感じさせるギミックであると言えようか。
貧困に喘ぎ夢想に浸るしか能のない主人公が、自分と瓜二つの大富豪の死を利用して彼に成りすます。そして、夢想の産物でしかなかった理想郷の建設に乗り出すが、彼の身辺を調査しにやってきた北見小五郎に追い詰められることになる・・・というのが大まかなあらすじである。
江戸川乱歩の著作の中でも背徳的な倒錯趣味がこれでもかとつぎ込まれた作品であり、乱歩自身も「若気の至り」と複雑な想いを抱いている。発表当時も、パノラマ島の狂気に満ちた描写を長々と説明したところが冗長と捉えられたのかあまり良い評価は得られなかった。一方で、その幻想的な世界観、卓越したエログロ描写、刹那の快楽と見果てぬ夢を求め続ける主人公のアナーキーさなどからマニアックな人気を獲得し、後の様々な作家達に影響を与えている。
漫画家手塚治虫も幼少期に読んだこの作品に少なからぬ衝撃を受け、後に鉄腕アトムにて本作をオマージュした「ロボットランド」という短編を製作している。
あらすじ
現実に退屈し、夢想の世界に思いを馳せる極貧の物書きである人見廣介は、ある日自分とうり二つの容姿である旧友の菰田源三郎が持病の悪化で病死したことを知らされる。
菰田源三郎は地元で名の知れた大富豪であった。
友の死を悲しむ人見であったが、彼の脳裏にある計画が思い浮かぶ。自分は自殺したことにし、土葬されて間もない菰田が息を吹き返したという体で彼に成りすまし、菰田家の莫大な資産を手に入れるのだ。
全ては、自分が思い描いた幻想世界をこの世に築き上げるため。
うまく菰田に成りすました人見は、自らの理想郷を生み出さんと奔走する。人見は小さな島を丸ごと改造し、パノラマ技法によってこの世のものとは思われぬスケールの美しさに彩られた世界を作り上げるが・・・。
登場人物
- 人見廣介
売れない物書き。つまらない現実世界に飽き飽きしており、夢の世界に逃避している誇大妄想狂。旧友である菰田源三郎に成りすまし、彼の持つ莫大な資産を使ってとある島を丸ごと改造し、美しくも狂気に満ちた幻想世界を作り上げる。
- 菰田源三郎
地元の名士で、地場産業を一手に担っていた大富豪。持病の悪化で死亡したが、その死を利用した人見廣介に成りすまされる。
- 千代子
菰田源三郎の妻。年が離れた若妻であり、儚げな美人。夫が生き返ったことに喜ぶも、次第に夫が別人に成り代わっているのではないかと疑念を抱き始める。
- 北見小五郎
菰田源三郎の妹の依頼でパノラマ島の調査にやってきた文学者。生き返った菰田の正体が人見なのではないかと推理する。