概要
大衆誌「朝日」に昭和4年1月(創刊号)から翌年2月まで連載した長編小説。作者の江戸川乱歩の他の通俗長編と比べて構成が優れており、長編の代表作に挙げられる事も多い。
白髪の青年が記す身の上話として、男女の恋愛譚から始まり、前半は密室トリックの推理が中心となり、後半は乱歩独特の怪奇幻想趣味が加味された冒険活劇風の物語となる。
乱歩自身の解説に拠ると、森鴎外の随筆に記された一挿話から着想したという(ただし、該当する挿話が実際に見られるのは小説の『ヰタ・セクスアリス』)。
また、その頃に友人と同性愛に関する文献の蒐集を行なっていた影響もあり、同性愛が重要な要素となっている。
漫画化作品に高階良子「ドクターGの島」、長田ノオト「江戸川乱歩の孤島の鬼」、山口譲司「江戸川乱歩異人館」(第61話~第68話。単行本12.13巻収録)、naked ape「孤島の鬼」、環レン「孤島の鬼」がある。また、石井輝男監督映画『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』は本作を主な原作としている。
あらすじ
私こと蓑浦金之助はまだ三十歳にもならぬのに、髪は見事な白髪である。
これは私の体験したある恐ろしい出来事の、そのあまりの恐怖のために黒かった髪が一晩にして真っ白になってしまったのだ。
私が25歳の青年の頃、丸の内にオフィスのある貿易商S・K商会に勤めていた。
そこでタイピストの可憐な乙女木崎初代と私は恋におちた。
初代は3歳で親に捨てられ、お守り代わりの古い系図帳だけが初代の身元の手がかりだ。
そんな初代に私は婚約を決意する。
しかし突然、家柄も収入も学歴も私より格段に上の男諸戸道雄が初代に求婚した。
諸戸は私の学生時代の先輩だが、同性愛者であり、私に想いを寄せている。
私は、諸戸が嫉妬心からわざと初代に求婚したのではないかと疑う。
そんなある日自宅で初代が殺された……
自宅の鍵は全てかけられており侵入の痕跡は見当たらない。
憎い犯人を追うべく私は探偵であり奇妙な友人の深山木幸吉に依頼した。
さっそく深山木はナゾをつかんだ。と思う間もなく混雑した海水浴場でその深山木も刺殺されてしまう……
登場人物
- 蓑浦金之助
本作の主人公。恋人である初代を殺され、その調査をするうちに恐ろしい陰謀に巻き込まれていく。かなりの美男子で人から好かれやすく、本人もそれを自覚しており年上に甘えるのが上手いちゃっかりした一面も見られる。悲痛のあまり初代の遺骨を飲み込むなどわりと感情的になりやすい性格。
- 諸戸道雄
蓑浦が学生時代に下宿先で知り合った年上の男性ですらりとした長身の美形な上、島の資産家の息子で帝大で法医学を修めた完璧な経歴の持ち主で、蓑浦は肉体的にも精神的にも自分が出会った中で一番高貴な人物と評するほど。女性嫌いの同性愛者で、下宿で一緒だった頃から蓑浦に対し思いを寄せており、一度告白するも断られていた過去を持つがなぜか彼も初代に対し求婚をしていた。初代や深山木の周りで不審な行動をしていたようだが…
- 木崎初代
蓑浦の会社に見習いタイピストとして就職してきた女性で可憐と評されている。甘いものが好物。蓑浦と恋仲になり婚約をするも、ある日鍵のかかった自室で寝ている時に刺殺されてしまう。事件の前に何者かに付き纏われていると不安を漏らしていた。実は捨て子で本当の親から謎の系譜図を受け継いでいる。
- 深山木幸吉
蓑浦の年上の友人で警察に協力する素人探偵のような事をしている飄々とした雰囲気の男性。蓑浦からの頼みで初代の事件を調べているうちに何かを掴んだと電報を送ってくるが海岸で刺殺される。
- 秀ちゃん
本作に中盤に出てくる日記を書いた主。18年間土蔵に監禁をされており3冊の子供向けの本を読んで覚えたという文章は少し幼い。顔が2つあり、手と足も4本あると自称しており、右の2本の手足は自由に動くが左は自由にできず勝手に動くと書いている。女の子の秀ちゃんと男の子の吉っちゃんという2人の人間がシャム双生児のように腰の所でくっついている模様。
余談
「身の上話」の形式を採りながら、主人公の苗字は第三者の噂話の引用という形で初めて明らかになる。名前に至っては本文で言及される事はなく、雑誌連載時の梗概に記載されたものが唯一となっている。
同性愛という題材からなのか人気男性声優を起用した朗読CDが販売されたり、女性漫画雑誌や(乱歩の遺族の許諾を得た上で)BLレーベルでコミカライズが連載されたりもしている。
舞台化・朗読劇化
上記DVD化・配信が↑の下方にあり。