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マルクス

まるくす

マルクスは人命。とくに有名であるカール・マルクスは、ドイツ出身の思想家・経済学者・革命家。
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人名等としてマルコなどと同じルーツを持つ。主としてドイツ人として用いられるが、名前としても用いられる。歴史家政治家哲学者ローマ皇帝( これは名前 )などが存在するといわれる。

一例

この項目ではピクシブ百科事典に存在するものを記述する。
実在:マルクス・アウレリウス 田中マルクス闘莉王
創作:マルクス・ピエトラス ヘルムート・マルクス・フォン・バッベル

カール・マルクス

 ここではそのうちもっとも有名、かつpixivで用いられるドイツ出身の経済学者・哲学者・革命家の「カール・マルクス」について述べる。

概要

 カール・ハインリヒ・マルクス( Karl Heinrich Marx 1818年5月5日-1883年3月14日 )はドイツプロイセン)出身の経済学者・哲学者・革命家であり、20世紀において最も影響の大きい思想家であるとされる。
 思想家としては彼の親友であったフリードリッヒ・エンゲルスとともに、それまでの社会主義を空想的と批判し、科学的社会主義、提唱者の名字をとりマルクス主義を創始。
 社会運動家としては従来の社会主義思想を科学的世界観に発展させ、労働者階級の利益を代表する革命的政党の国際的な連帯、例を挙げれば死後結成されたコミンテルンのようなものの設立に尽力した。
 また哲学の分野では、ヘーゲルの批判的継承を行った現代哲学の創始者の一人であるとされる。

生涯

 ユダヤ人の一家に生まれる。ただし本人は幼少時キリスト教の洗礼を受けている。学生時代はかなりやんちゃだったようで文学を好んだものの、この道は親に反対され、法律を勉強するも、ベルリンに移動後哲学に興味を示すようになり、父親の死後、哲学の博士号を取得するも、思想の偏りから当局にマークされ、教授になることはできなかった。その後ライン地方の新聞の記者、のちに編集長になる。この時はまだ社会主義者ではなかったので穏健な方向に記事を持って行ったのであるが、その新聞はプロイセン検閲強化により廃刊となった。
 その後哲学を再勉強、人間主義の立場からヘーゲルを批判するようになる。新しい雑誌の発行のためパリに移動。ところがその雑誌は失敗し、共同発行人とも絶縁状態になり、さらにプロイセンへの入国も不可能となった。
 その雑誌に掲載されたエンゲルスの論文に強い感銘をうけ、社会主義の研究を行うようになる。彼はまた別の雑誌に寄稿していたが、その雑誌がプロイセンにににらまれ、圧力によりフランスを追放されることになる。
 ベルギーに逃れた彼は「政治的な出版を行わない」という念書を書かされるものの、活動は行った。このころプロイセンの国籍を放棄したり、共産主義同盟を立ち上げたりしている。
 フランスにて2月革命が、ドイツにて三月革命が発生すると、国外追放の命令が無効となったためパリに戻り、その後ドイツに戻り、新聞を発行、革命の発生を扇動、ところがことはうまく運ばず、新聞も廃刊、彼は一文無しでフランスへ亡命することとなる。ところが、フランスでも身の危険を感じたため、イギリスロンドンへ逃亡することになる。
 ロンドンにエンゲルスを呼び寄せ、雑誌を出版するもうまくいかず、アメリカの新聞の通信員となったが、これは評判は良かったものの南北戦争のためその仕事は失った。
 他の仲間もロンドンに集まってきたため共産主義同盟を再結成するも、メンバーとの考え方の相違により、この団体を維持することができなくなり、解散
 ヴィルヘルム1世の即位により大赦が出されたためいったん帰国するも、市民権の復活はなされなかったため再びロンドンに戻る。
 若き日から社会主義信奉者に対する弾圧を逃れて西欧各地を転々とし、最終的にはロンドンに移住。貧乏に苦しみながら、経済学の批判的再編と社会主義運動への指導・助言に生涯をささげた。

思想

 マルクスおよびエンゲルスは、ドイツ観念論を代表する思想家であるゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの哲学から弁証法、すなわち二つの矛盾した命題を統合させ、より矛盾の少ない命題を作り出す方法、を受け継ぎつつ、精神より物質が根源的であるという考え方、すなわち唯物論にもとづいた世界観を確立した。これを弁証法的唯物論という。
 マルクスとエンゲルスは、社会の土台には生産流通、それらにまつわり人々がとり結ぶ関係、たとえば上司部下などがあること、諸階級、すなわち雇う側と雇われる側などの間の利害対立と闘争政治歴史を解く鍵であることを明らかにした。

歴史

 この考えでは歴史を根本的に動かしているものは、戦争英雄宗教哲学などのイデオロギーではなくなり、逆に、戦争や英雄の登場は経済的な原因によって説明されることになる。
 このような歴史の見方は唯物論的歴史観、または唯物史観とよばれる。このようにしてマルクスとエンゲルスは、哲学歴史学社会学経済学などを統合・総合したイデオロギー体系を確立した。これが科学的社会主義である。

経済学

特に、マルクス独自の最大の成果は、古典派経済学を中心に資本主義研究につとめ、主著『資本論』により、「マルクス経済学」を創始したことにある。なお、『資本論』は資本主義経済の根本的解明をこころみた著作であり、未来社会像についてはエンゲルスの『空想から科学へ』が詳しい。
 それまで提唱された社会主義は、あるべき社会像を描き、宣伝や模範的な村の建設をとおして支配層を説得することに重きを置いており、ユートピア社会主義とみなされた。これに対し、マルクスとエンゲルスは、資本主義経済の仕組みや法則を明らかにし、その変化・発展の必然的な方向性を示す点に重きを置いた「科学的社会主義」を提唱した。

主著

「資本論」
「共産党宣言」
「賃金価値及び利潤」
「経済学批判」
「賃労働と資本」
「ドイツ・イデオロギー」
他多数

関連タグ

社会主義 共産主義 フランス革命 レーニン
哲学者 ドイツ 革命

外部リンク

コトバンク:同項目
Wikipedia:カール・マルクス
ニコニコ大百科:カール・マルクス

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