概要
1944年に水の江瀧子主催の劇団たんぽぽに入り、映画にもエキストラとして出演していた。
1948年に大泉撮影所(現、東映東京撮影所)に入社する。大部屋俳優だった。
マネージャーとなった中野英治の口利きで大映、新東宝の映画に出演したのち、松竹専属となりホームドラマ・タッチの青春映画に数多く出演する。
1954年に日活に移籍。市川崑監督の『青春怪談』『こころ』に出演、主演スターの地位を確立した。特に川島雄三作品には『愛のお荷物』以降、『あした来る人』『銀座二十四帖』『風船』『洲崎パラダイス赤信号』と多く起用されて最多出演俳優となった。
1958年に緊縮財政を打ち出してギャラ・ダウンに踏み切った日活の上層部と対立して日活を退社し、東京映画に移籍。同年、東宝へ入社。それまでの恋愛映画、アクション映画のみならず社会派ドラマにも出演。
黒澤明には1960年の『悪い奴ほどよく眠る』や『天国と地獄』に起用された。
『女の中にいる他人』では友人に妻を寝取られ殺されてもなおも許すという難役を演じ、毎日映画コンクール助演男優賞を受賞。
日本初の本格的スパイアクション映画「国際秘密警察シリーズ」は4年間で5本が製作され、カルト的な人気を博す。
『西村京太郎トラベルミステリー』シリーズでは、主役の十津川省三役を長らく務めた(1999年に降板し、高橋英樹が引き継いだ)。
2004年5月15日午前0時29分、急性心筋梗塞のため死去。80歳没