概要
1982年生、福岡県出身。小学生のときソフトボールを始め、ピッチャーとして頭角を現しシドニーオリンピックの代表候補に当時高校生ながら名が挙がるほどであったが、当時は怪我で断念している。
高校卒業後、実業団日立高崎ソフトボール部(後に『ルネサスエレクトロニクス高崎 女子ソフトボール部』に改名、2015年1月1日よりチームがビックカメラに移管、『ビックカメラ女子ソフトボール高崎』として現在に至る。)で活躍。その速球で世界屈指の投手へと成長。
アテネ、北京と2度のオリンピック代表に選出され、北京での金メダル獲得に大きく貢献した。
しかしソフトボールは北京限りで五輪種目から外され、その後も復活を目指し彼女も尽力したものの2016年のリオデジャネイロでも復活はならず無念のコメントを残している。
2019年にはピッチャー返しの球であごを骨折する重傷を負うも奮起で年内に復活。
2021年の東京オリンピックは種目としてソフトボールが一時的に復活。当初目指すことを迷った時期もあったが、恩義ある先輩で共に五輪代表も経験した宇津木麗華が代表監督となったことから彼女への恩返しの意味もあり代表を目指すことを改めて決意。
38歳にして代表チーム入りし先発を務め、同じく投手の後藤希友と共に決勝進出に貢献。
この年齢に達しても球威は衰えておらず、予選リーグのカナダ戦では相手のバットが折れてしまうほどだった。
そして決勝では13年前と同じくアメリカと対戦して勝利、二回目の金メダルを獲得した。
なお、オリックス・バファローズのファンフェスタでこの上野選手とプロ野球一軍選手がソフトボール対決したことがあったが、糸井嘉男以外はその球を打てなかったほどであった(初対決でヒットを打てた糸井が凄いとも言える)。
澤穂希、伊調馨、浜口京子、吉田沙保里らと並び「兄貴」と称される事が多い女子選手。