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1910年3月5日生まれ、2007年1月5日没。
台湾嘉義庁樸仔脚(現・嘉義県朴子市)出身、立命館大学専門学部経済科卒。

第二次世界大戦後に中華民国国籍となるが、1966年日本に帰化し再び日本国籍となる。

日清食品の創始者、同社の看板商品であるチキンラーメンカップヌードルの開発者として知られる。この二つは20世紀の偉大な発明に含まれており、安藤は「即席ラーメンの父」とまで言われた...が、「鶏糸麺」(ジースーミエン)「意麺」(イーミエン)などと呼ばれる油揚げ麺は台湾の伝統的な食文化であり、チキンラーメンと同時期にはインスタントラーメン商品化の試みが多数存在していた(後述)。

即席ラーメンの逸話

ある時、妻が夕飯のおかずに天ぷらを揚げているのを見て麺を油で揚げることで乾燥させる方法を思いつく。何度か試行錯誤を繰り返して完成したのが、あのチキンラーメンであった...というのが日清食品公式の説明。しかし、上述の通り油揚げ麺の手法は台湾出身者にはなじみ深いものであり、チキンラーメンに先駆けて松田産業(現・おやつカンパニー)の「味付中華めん」が商品化されている。また、同じ台湾出身者である陳栄泰(大和通商)の鶏糸麺、張国文(東明商行)の長寿麺の発売もチキンラーメンより早く、この説明は疑わしいものがある。日清食品は、張国文の特許を登録前に2300万円で買収。競合メーカーからライセンス料を取り立て荒稼ぎしており、この過程で「安藤百福=インスタントラーメンの父」という伝説が創作されていったものと思われる。(参考=NHK『まんぷく』。 日本での「元祖インスタントラーメン」はチキンラーメンではなかったのか。

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日清食品 発明家 カップヌードル チキンラーメン

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