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広永益隆

ひろながやすたか

日本プロ野球において「記憶より記録に残る選手」の代名詞

概要

1985年、南海ホークスに入団。当初は代打などで活躍し、規定打席不足ながら打率3割をマークするなど中心選手の一人となった。1994年にヤクルトに移籍、97年にはオリックスに移籍し、晩年は代打での出場が多かったが1999年に引退

通算成績は463試合出場、183安打34本塁打116打点、打率.247に終わっている・・・





・・・と単純に記録だけを見れば、そこそこ出ていてそこそこ活躍した選手程度の扱いなのだが、広永はコアなプロ野球ファンには数々の記録で知られる選手である。

  • プロ初打席初本塁打
  • パ・リーグ平成第1号本塁打
  • ダイエー第1号本塁打
  • パ・リーグ通算30000号本塁打
  • プロ野球通算60000号本塁打
  • 平和台球場最後の本塁打
  • セ・パ両リーグで代打サヨナラ本塁打
  • 代打サヨナラ満塁本塁打、打たれたロッテは日本新記録の17連敗 

と通算34本塁打で終わった選手としては異常なくらい記録づくしの本塁打を記録しており、メモリアル男の名をほしいままにしている

ちなみに初本塁打とパ平成1号、ダイエー第1号は同一(1989年4月8日東京ドームの日本ハム戦)ではあるが、この試合は同じく日本ハムの新人の中島輝士が新人では史上2人目となる開幕戦サヨナラ本塁打を記録しており、さすがに広永の記録も霞んでしまった。

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