犬屋敷壱郎
ぼくはにんげんだ
ある日突然機械の体を手に入れてしまったサラリーマンの中年男性。温厚だが正義感の強い性格で、人を救うために力を行使する際にのみ、「生きている実感」を得ることができる。
彼の葛藤や苦悩が、物語の始まりであり軸の一つでもある。
実年齢は58歳なのだが、明らかに高齢者としか思えない老けた見た目をしている。白髪や後退した額、数多くの顔の皺が主な原因。彼の性格もあり、口をつぐんで冷や汗をかいたり、小刻みに震えたりする描写が多い。
物語開始当初はメガネをかけていたが、機械の体になってからは視力も改善され、以降は裸眼となっている。
「あんたのような人間がいることが たまらなく……許せない」
「………全部……消してしまいたい」
正義感が非常に強く、理不尽な行いや非道な悪人を見ると強い憤りを感じる。
しかし基本的には内向的かつ温厚な性格のため、自分の意見を強く口に出すことは苦手。あまり周囲から相手にしてもらえないことも少なくなく、家族からの扱いも良くはない(自身が引き取った犬のはな子を除く)。正義感の強さは昔からの物のようだが、自身の無力さを痛感する日々が続いていた。
胃がんによる余命宣告を受けた際には、家族に悲しんでもらえるか不安に駆られており、連絡をせず公園ではな子を抱きしめ涙を流している。
機械の体になってからは戸惑いや嫌悪感を抱いていたが、人を救った際にのみ「生きている実感」を得ることに気づく。以降はその力を積極的に人助けの為行使することを決意。
胃がんによる余命宣告をされた日の夜、突如として現れた未確認飛行物体の事故に巻き込まれ、獅子神と共に機械の体でよみがえる。当初は自身の肉体を恐ろしく思い、存在意義について思い悩んでいたが、その人知を超えた力を人助けのため使うようになる。
エネルギー源は水。純水以外でも酒やジュースなど、水分を摂取できればエネルギーとして利用することができる。通常の食事を摂ることも可能なようだが、一度食べたものが腕から排出されており、食べなくとも問題はないのかもしれない。(実写映画版ではみそ汁やスポーツドリンクなど塩分を含む飲み物を摂取すると体の中が熱くなって拒絶反応を起こす。無論エネルギーとして利用されずそのまま腕から排出される。)
見た目は普通の人間と変わらず、表面上は肌触りも人間の皮膚と遜色ない。体表部分を展開することで内部の機械が露出、彼が人間ではないことを感じさせる。主な機能としては、
- 非常に広範囲の声を拾う集音機能
- 銃をはじめとした近代兵器が通用しない強度
- 「バン」などの擬音のみで使用可能な銃に似た攻撃(視認不可)
- 大柄な成人男性を片手で投げ飛ばすパワー
- 高速飛行を可能とする背部のジェットパーツ
- 的確な狙撃を行う多重ミサイル(光線)
- 触れただけであらゆる負傷・病気を治す機能
等々。特に治癒機能は各地の病院を転々としながら使用しており、都市伝説と化している。兵器に関する機能は当初本人は知らず、獅子神を見た安堂の助言で使えるようになった。他にも通信機能があり、安堂とは携帯電話ではなくそちらで連絡を取っている。
一般的な武器や銃火器は通用しないものの、無数の弾丸をその身に受けたりすると衝撃で気絶してしまう。しかしそういった際は頭部に眼球のようなセンサーカメラが出現。対象を自動で攻撃し続け、戦闘不能に追いやる。
自分・妻・長女・長男の4人家族(+1匹)。家庭内では疎ましがられており、また壱郎自身も強く意見することができない。妻とはまだ一般的な夫婦のようなやり取りだが、思春期の子供2人とはあまりうまく接することができていない。犬のはな子は彼によく懐いており、心の支えとなっている。機械の体になった瞬間を唯一目撃した存在であり、朝になるまで彼の隣で待ち続けた忠犬でもある。
物語が進むにつれて彼本人の性格も徐々に前向きとなり、家族に対し肯定的な助言などができるようになる。終盤では機械であることを打ち明け、自身が犬屋敷壱郎本人なのか確信が持てない心情を吐露して家を出ようとするも、涙を流し引き留められるまでに関係が修復される。
獅子神皓は同じ境遇でありながら能力の使用目的が正反対であり、価値観も真逆。彼の行いに怒りを燃やし止めようとするも、能力を使いこなす彼には幾度も先手を取られ、そのたびに苦悩している。
獅子神の幼馴染である安堂直行からは独自のコンタクトを取られており、以降は獅子神を止めるための協力関係及び友人となっていく。壱郎の行いを見て「ヒーロー」「人間らしい」と正当に評価しており、そういった意味でも良き理解者であるといえる。
獅子神の大虐殺・暴走を収束させ、都心で多くの人命を救った壱郎。日本中にその存在が「神様」と認知され、取材の依頼が届くほどに。そんな状況を冗談交じりに話しながら、彼らの食卓には以前では考えられないような笑顔が浮かんでいた。
しかし突如として地球に巨大隕石が接近。世界中が匙を投げ、終末を受け入れようとしていた。そんな中、壱郎は一人立ち上がる。安藤に電話で止められるも、「皆の声が聞こえる」と言って決意は揺るがない。家族からも「行かないで」と懇願されるが、必ず帰ることを約束し宇宙へと飛び立った。
隕石に接触し、持てる機能を総動員して隕石の破壊を試みる壱郎。しかしあまりに巨大な隕石にはまるで影響がなく、体内の水も底を尽きてしまった。自身が機械となった意味を思い悩み、挫けそうになる彼の前に現れたのは、以前後頭部と両腕を破壊した獅子神だった。
「生きていてほしい人がいる」と打ち明け、隕石の軌道を変えるために眼の自爆起動のスイッチを押すよう頼まれる。直後に大爆発が起こり、地球は救われたかに思われた。
しかしまだ終わってはいなかった。破壊されたのは隕石のごく一部。このままでは地球が滅ぶ未来は変わらない。壱郎は獅子神に聞いたシミュレーション機能を使って考える。
「もし僕が… 自爆したら…」
壱郎は安堂に、「獅子神の手で地球は救われた」と報告。そして明日会う約束をし、通話を切った。
「やっぱり…… これが… 運命なんだ………………」
「みんな…… 約束守れなかった…………」
「ごめん……………………」
静かに目を閉じ、両手で眼を押し込んで自爆機能を起動させる。すでに機能しなくなったはずの眼に映し出されたのは、愛する家族の笑顔だった。
何気ない日常の風景、引っ越したばかりの我が家、引き取る前のはな子、別れ際に見せた皆の泣き顔。
愛しい家族の全てに思いを馳せ、彼は静かに涙を流す。しかし同時に穏やかな笑みを浮かべ、そっと何かを抱き寄せるかのように両手を丸めた。
夜空に突然浮かんだ眩い閃光。一帯を昼間のように照らすその光を浴び、家族と安堂は全てを悟る。空へ向けて皆は泣き叫ぶ。慟哭は光と共に、夜の闇へと消えていった。