概要
室町時代ごろに成立したと見られる御伽草子(室町物語)の一つ。作者は不明。
人間の姫君に恋したキツネが、彼女のそばに居たいがために人間の娘に化けて仕えるという純愛物語であるが、擬人化、異種間恋愛、百合、家族問題など現代に通ずる要素から、2000年代のサブカルチャーを先取りした作品という評価もある。
本作は古典文学の中ではマイナーな部類で研究者も少ないため、古文は高校の授業で終わった大多数の人には無名の物語だったのだが……?
あらすじ
ある宰相の元に産まれた姫君が外に遊びに出かけたところ、それを見かけた狐は彼女に恋してしまう。
狐は姫と同年代の人間の女性に化け、とある家の養女になり姫の元に仕えることとなる。
狐は玉水の前という名前をもらい姫の寵愛を得る。
しかし姫はやがて宮中へ上がることとなり、狐はある決断をする。
作品
御伽草子として
鎌倉時代末期から成立し始めた御伽草子は貴族の恋愛が主流の平安文学とは異なり、動物の擬人化や民話風の話など多彩なテーマの作品が登場した。中でも本作は動植物や器物が主人公となる「異類物語」に分類される。
御伽草子には説話的な作品も多いが、本作には神仏や説教めいた要素が薄く、作者はストーリーを重視して執筆したと推察されている。
当時は著作権の概念などは無いため、御伽草子は展開が若干違う話が複数執筆されることが多かった。本作にも「紅葉合」というバリエーション違いが確認されている。
御伽草子は庶民向けの物語であり挿絵付きが基本である。本作でも挿絵が残っているが、玉水の前は完全に人間として描かれており狐耳は付いていない。ただし全てのバリエーションが残っている訳では無いのでケモ耳verの挿絵が存在した可能性もある。
狐の性別
狐の性別については様々な見解があり、定説では狐の性別は雄である。なぜ男ではなく娘に変化したかについては
「狐は男のまま姫と合うと禁忌を犯すことになるため、それを避けるために娘に変身した」
という解釈が一般的であるが原文では単に「きつね」としか書かれておらず、性別は明言されていない。つまり、雌の狐が娘に化けてまで姫君を愛そうと考えた。等の解釈が出来ないわけではない。御伽草子はストーリーがシンプルなため様々な解釈ができる話が多く、作者があえて明言しないことで物語に趣を深め、想像の余地を深めているということも考えられている。
センター試験
2019年度のセンター試験国語の古文問題として、本作が出題され大いに話題となった。試験中に萌えてしまった受験生の悶絶もtwitterなどで報告された。
受験の年代をすでに超えた年代からもこの題材選びには驚きの声が多かったが、同時に「これを読んでエモいと言えるくらいの受験生はよく勉強していたということ」(勉強していなければ何を書いているかそもそも理解できないので)「このような掘り出し物に出会うためにも古文の勉強は大事」という教訓を述べる大人もちらほらと現れた。
その他
異類物語では狐娘がメジャーなのか、イケメンに一目惚れした雌の狐が人間の女に化けて押しかけ最終的に結ばれる『木幡狐』や、狐の美女が男を誘惑し精を奪っていく『狐の草子』など、現代のラブコメや薄い本のような展開の話もあり、日本のフィクションはこの時代から多様なニーズに応えていたと思われる。
狐との異類婚姻譚は日本に限ったことではなく、1668年ごろに中国で書かれた「聊斎志異」には人間に化けた狐と姫の百合物語「封三娘」が収録されているが、本作が参考したかなどは不明である。なお「聊斎志異」には狐が人間の娘に化けて主人公の男に尽くしてくれる話なども収録されており、単に東アジアに住んでる連中が狐娘大好きなので自然発生したと思われる。
関連タグ
外部リンク
挿絵とあらすじで楽しむお伽草子 第1話 玉水物語(京都大学公式サイト)現代語訳あり。ただしラストまでのネタバレになっているので要注意。
平成30年度センター試験古文問題(朝日新聞公式サイト)問題文に使用された原文。