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竹添井井

たけぞえせいせい

天保13年~大正6年 明治時代の外交官・漢学者。名は光鴻、字は漸卿。井井と号した。

肥後(熊本県)天草の生まれ。
熊本藩に仕え、維新後は、清国天津領事、清国領事館書記官、朝鮮弁理公使などを歴任。
のち学究生活に入り、東京帝国大学文科大学教授となった。
晩年は小田原(神奈川県)で読書・著述に専念した。

竹添は明治8年より清国公使森有礼に随行し、天津に赴く。
日中両国間の文化交流に意を注いだ竹添は、明治9年5月より、同郷の津田静一と共に中国の人情風俗を探るべく各地をめぐった。
北京を出発し、河南陝西四川に赴き、三峡を下って上海を抜けることになる。
中国在任中に三峡旅行の見聞をまとめた『桟雲峡雨日記並詩草』は内外の賞賛を博した。

ほかに『左氏会箋』『毛詩会箋』『論語会箋』や『独抱楼遺稿』などがある。

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