小野不由美 著『十二国記』シリーズの短編集「丕緒の鳥」にある全4編中にある一編。
死刑を実質的に廃止している柳北国で、国の在り方を根本から揺るがす、凶悪な殺人犯が出現した。
捕まった男は狩獺(しゅだつ)。過去に複数の強盗致死事件を起こし、それによる最初の刑期を終えて釈放された後に再び犯行に及び、16件の事件で合計23人を惨殺した「犲虎(けだもの)」と評されるような男だった。特に、わずかな小銭のために8歳の子供を殺害した事件が知られると、市民の声は怒りに満ちた。
朔州の判決は死刑もやむなしということであったが、最終的な判決は首都・芝草(しそう)の司刑(裁判官)・瑛庚、典刑(尋問官)・如翕、司刺(法律家)・率由に委ねられた。
3人の司法官は対応に苦慮する。
現王の即位以降、柳国では制度としては殺刑(死刑)はあったが、徒刑(懲役)、拘制(禁錮)、黥刑(入墨刑)にとどめて罪人の更生させる方針を取っており、これらの制度によって治安が維持されてきたことも確かだった。これまでの成果を破棄するような死刑制度の復活と、死刑を乱発することによって、むしろ治安が悪化するのではないかとの懸念を3人の司法官は抱いていた。
しかし、それらの成果も近年増加の一途をたどる妖魔の跋扈と狩獺の事件により、揺らぐこととなった。
民衆は狩獺の一件が犯罪増加の一環であることから、見せしめの処刑を望んでいたが、大司冦・淵雅(劉王・助露峰の太子)は劉王の定めたこれまでの方針に固執して、「犯人(狩獺)がどのような理由で子供を襲ったか調べたうえで教化(更生)すること」を主張。
大司冦の言にも一理あると認めた3人は、小司冦を通じて劉王の意向を伺ったが、治政の意欲を急速に失った劉王は「司法にまかせる」と述べるのみで、3人の司法官は失望を強めるだけだった。
死刑の停止継続と復活、どちらの主張も理解できる。ならば最後の焦点は、狩獺に教化の可能性があるかどうかであった。3人の司法官は、狩獺と会ってどのような理由があって23件もの事件を起こしたかを探ろうとした。
だが、狩獺は「特に理由もないこと」「目の前にすぐ使える小銭(を持っていた子供)があること」などを語り、「罪を悔いることもない」と語った。その態度に瑛庚は、狩獺にとっては、反社会的行為をあえて行うこと、教化に逆らうこと(悔い改めないこと)が、何かに対する復讐であるらしいことを感じた。
ここに至って、3人の司法官は狩獺に死刑判決を下した。
むしろ死刑判決を望んでいたかのように大笑いをする狩獺に目をやることもなく、最後の一線を越えたことの敗北感、柳国に乱世が始まっていく恐怖と絶望に3人の司法官はうなだれた。