人と関わりを持った獣の物語に結末を着けろ。お前が獣でいられる間に。
概要
実写映画『紅い眼鏡』に端を発した一連の作品群『ケルベロス・サーガ』の映像化第三作。押井守は原作・脚本のみを担当し、監督は沖浦啓之が務めた。
日本がアメリカではなくドイツに占領されたという、もう一つの戦後を舞台にした物語である。
制作は「攻殻機動隊」シリーズで知られるProduction I.G。
CG彩色を廃して手描きセル画に拘って制作された。日本のオリジナル長編アニメーション映画作品としては最後のセル画制作といわれている。
童話赤ずきんのフォーマットに基づいて、左翼反体制の「アカ」及び、帝国主義的体制を指すスラング「狼」として対置させ、物語が進行する。
残虐描写により、日本での映画公開時に映倫のPG-12指定となっている。
あらすじ
「あの決定的な敗戦から十数年」--首都東京。
立法措置により非合法化した反政府勢力『セクト』は地下に潜伏し、強大な武力と機動性を持つ『首都警』そしてその実働部隊たる『特機隊』との抗争は時に市街戦の様相を呈するまでに激化、泥沼化への一途を辿り、やがて世論の攻撃は首都警へと向けられ、首都警はその孤立を一層深めていた。
そんな情勢下での東京。街頭では学生らのデモと警視庁機動隊がこれと対峙していた。
共同警備という名目で出動した首都警の戦闘部隊である「特機隊」の副長半田元はデモ隊にセクトの人間が紛れ込んでいることを察していながら、傍観を続けていた。一方セクトの兵站部隊は、このデモに乗じて機動隊を攻撃しようと、地下水路を活用し、火炎瓶などの物資を輸送。
セクトが「赤ずきん」と呼ぶ物資運搬係を務める阿川七生は、鞄に偽装した投擲爆弾を人ごみに紛れ実行役に渡した。野次馬とデモ隊に紛れた実行役はデモの前線に走り出ると、投擲爆弾を機動隊に向けて投げつけ爆破する。ついに機動隊の指揮官は全員検挙の号令を出し、機動隊はデモ隊に突入する。
地上の混乱をよそに、地下水路ではセクト兵站部隊のメンバーが特機隊と交戦するも壊滅。別の場所にいた七生は逃走を試みるが、彼女も間もなく特機隊に包囲されてしまう。包囲した隊員の一人、伏一貴巡査は投降を呼びかけるが、七生は持っていた投擲爆弾で彼の目の前で自爆、さらにこの爆発の影響で地上は停電に見舞われ、機動隊と対立していたデモ隊の多くがその闇に乗じて逃走してしまった。
数日後、首都警幹部らが今後の対応策について話し合っていた。元々特機隊の攻撃的姿勢が世論に指弾されていた上に、爆発による停電で機動隊がデモ隊の検挙に失敗しており、警視庁からの批判がより強くなっていたのだ。警視庁と首都警の縄張り問題で思うように動けないことに不満を持っていた特機隊長巽志郎は、自治警との共同警備体制を破棄するよう主張する。だが警備部長の安仁屋勲や公安部長の室戸文明は慎重論を唱える。
結局、適切な行動を取らなかった伏に何らかの処分を下すことのみ決定し、会議は終了。後日、査問会にて責任を問われた伏は、首都警特機隊養成学校での再訓練を命じられる。
養成学校の同期で友人でもある首都警公安部の辺見敦に頼み、自爆した少女のことを調べてもらい、七生の遺骨が納められている共同墓地を訪れ伏は、阿川家の墓の前で死んだ七生の姉だと言う圭と名乗る少女と出会う。これをきっかけに交流を始めた2人は、徐々にその関係を深めていく。
しかし事態は特機隊が警視庁公安部と、その背後にある首都警公安部と銃火を交える警察の「内戦」へと発展していく。
登場人物
CV.藤木義勝
首都圏治安警察機構警備部特殊機甲大隊第2中隊第3突入小隊の前衛隊員。階級は巡査。
無口で寡黙、感情を表に出すこと等が極端に少ないが恵まれた体格を持ち、射撃、格闘技、ストーキングなど、あらゆる戦闘技術に抜群の技量を有する。
セクトの「赤ずきん」であった阿川七生の制圧に失敗して彼女の自爆を許し、その結果部隊を危険にさらしたことから、査問委員会で責を問われた。以後、特機隊員養成学校で再訓練を命じられる。
CV.武藤寿美
阿川七生の姉を名乗る少女。七生の遺骨が納められた共同墓地で伏と出会い、彼と交流を深めていく。
CV.仙台エリ
セクトのメンバー。戦闘物資を女性や未成年者によって運搬する通称『赤ずきん』と呼ばれる役目を担っていた少女。組織ではクルツハールと呼ばれ、高校在学時から民主化闘争に参加していた少女闘士だったが、地下水路で追い詰められ、伏の目の前で自爆死する。
ちなみにクルツハールは短毛のジャーマン・ポインターのこと。
CV.木下浩之
首都警公安部の捜査員で室戸文明の部下。伏とは特機隊員養成学校以来の同期の友人だが、特機隊候補から脱落し、公安部に配属されている。
CV.吉田幸紘
首都警特機隊副長。巽隊長の下で、特機隊の現場指揮を担う。かつて敗戦直後の占領統治下では、占領機構から要請されて、対敵諜報部を組織した経歴がある切れ者。特機隊にあっても、非公式の防諜・粛清組織『人狼』を独自に作り、ネットワークを構築しているとの噂がある。
CV.廣田行生
首都警公安部部長。警視庁に独自のパイプを持ち、ある思惑と目的を内に隠している。
ちなみに『室戸文明』は他の押井守作品に時折出てくるキャラであり、一種のスターシステム的人物でもある。
巽志郎
CV.堀部隆一
首都警特機隊の隊長。
安仁屋勲
CV.中川謙二
首都警の警備部長。
塔部八郎
CV.坂口芳貞(ナレーションも兼役)
特機隊員養成学校の教官。辺見と伏の養成学校時代の恩師。
自治警幹部
CV.大木民夫
室戸と通じている自治警の幹部。
そして…
2029年、生き残るための戦争が始まる
2018年に韓国にて韓国映画『人狼』として実写映画化された。映像作品としては約18年ぶりに、また実写映画としてはケルベロス_地獄の番犬以来約27年ぶりである。
なお、舞台は近未来の朝鮮半島となっている。
米露日中の外圧に対抗すべく北朝鮮と韓国は統一に踏切り、五年間の準備期間に暫定政府を設立。しかしアジアにあらたな大国の出現を良しとしない諸外国からの干渉により、朝鮮統一を妨害する反政府テロ組織「セクト」が誕生、治安は悪化の一途を辿った。そこで首都の治安を担う首都警は「特機隊」を組織してこれに立ち向かうも、夜間に校舎に居残りしていた女学校生徒を誤情報からセクト構成員と誤認して射殺してしまう「血の金曜日」事件が発生。以後、特機隊はセクトのみならず解散を迫る民衆や、特機隊を切り捨てて統一後に首都警としての存続を目論む公安部とも戦わなければならなくなった。
そして「血の金曜日」から数年が経ち統一も間近になった頃、特機隊員イム・ジュンギョンは少女セクト闘士の自爆を止めることができなかったことをきっかけに、少女の姉ユニとの交流を深めるようになっていく。その一方、イムの友人で「血の金曜日」事件をきっかけに特機隊を抜けた公安部員ハン・サンウは、イムとユニの恋愛をスキャンダルに特機隊に打撃を与えようと目論んでいた。
だが同時にハンは、「人狼」と呼ばれる謎の暗殺者への警戒を強めていく。特機隊の非正規工作員と目される「人狼」は超人的な技量でもって数々の暗殺を遂行していたが、「人狼」の仕業とされる暗殺事件の一つは公安がセクトに資金提供している事実を隠蔽するために行ったものであり、その真相を知る証人こそがユニだったのだ。
そしてイムとユニを追い詰めようと奔走するハンは、特機隊と公安の暗闘の末、ついに「人狼」と対面する事になるーー……。
舞台を近未来の朝鮮半島に据えた事で「決定的な敗戦を経た戦後日本の、さらに役目を終えて滅びゆく組織」の物語という趣はなくなったものの、「混迷する情勢下で必死に生き残りをかけて暗闘を繰り広げる特機隊と公安とセクトのサスペンス・アクション」としてより娯楽活劇、エンターテイメントとして完成している。
特にアクション部分については原作アニメよりもかなりボリューム満点になっており、生身素顔のアクションシーンはもちろん、プロテクトギアが縦横無尽に大暴れするクライマックスは原作ファンも納得できるクオリティとなっているだろう。
ストーリーについても改変が加えられており、その結末については賛否両論あるため此処では詳細を伏せさせてもらうが、あえて説明するならば実写ドラマ版『人狼』は獣の物語ではなく人の物語となっている、とだけ。