概要
正式名称は92式特殊強化装甲服。
1987年に公開された押井守の実写短編映画『紅い眼鏡』の主人公・都々目紅一(演じているのは声優として有名な千葉繁)らが冒頭の戦闘シーンにて着用していたアーマーである。そのインパクトのあるデザインからマニアックな人気を獲得。
その後、若干設定は異なるものの、押井守原作の作品群「ケルベロス・サーガ」(『紅い眼鏡』もこの中に含まれる)においても作品世界を象徴する存在として登場。
首都警警備部特殊武装機動警備大隊、通称「特機隊」の突入隊員が着用している。
この突入隊員は「ケルベロス」とも呼ばれ、ギリシャ神話に登場する同名の三頭犬のエンブレムを身につける。
作品によって所属団体名や設定が異なる。
押井守が無類の犬好きということもあってか、例によって犬がモチーフ。
最初のモデルはアドルフ・ヒトラー(作中では「彼」と呼ばれる)が製作を命じた「典礼用の甲冑」であり、「彼」がクーデターによって殺害された後「実戦投入された」というすごい設定もある。
装備としての特性
プロテクトギアの特徴として、歩兵でありながら強靭な防御力と圧倒的な火力を一人単位に要求できるという現実の歩兵装備には見られない特徴があるが、そのトレードオフとしての具体的な弱点も少なくはない。
- 装甲防護されている部位は至近距離のサブマシンガンの拳銃弾及び状況によっては小銃弾も抗靭する防御力を持つが、入射角によっては貫通の危険もある。また、耐熱防護服部分は無防備で装甲部との隙間が多く、ここへの命中弾が致命傷に至るケースが多いため、3人一組による互いの死角防御が必須である。
- 本来弾薬手が必要なはずの分隊支援火器(劇中ではMG34やMG42)を単独で運用することが出来る。が、概ね50~100発連結されたフルサイズライフル弾のベルトリングを手作業で再装填するための熟練を要した。逆に言えば熟練すれば相応の速度で再装填が可能であるが重火器を運用する故に機動力は制限され、作戦行動時は3人1組で行動するケースもあった。しかし、機関銃弾を容赦なく叩き込んで来る様は脅威以外の何物でもなく、文字通りケルベロスの”尻尾とも言える打撃力”だった。
- 無線機と暗視スコープまで装備されており、市街地戦における有視界戦闘では極めて有利に働いた。しかしその質については無線機にノイズが入るのは当たり前で、更に言うと暗視装置は前時代のノクトビジョン式で視界はとてつもなく悪く、訓練生いわく「潜水夫にでもなったようだ」と漏らすほどに視界が制限されるほどであった。
このように利点も多いが決して欠点が少ないわけではない装備であり、着装者を殺すのは自らの運と行動次第。迂闊な単独行動であっさり死ぬ者もいれば、チームワークを駆使して大きな戦果を挙げる隊員も少なくはなかった。
このように、ギアそのものは万能装甲服ではなく、上記の弱点を克服するための相応に厳しい訓練が必要な”特殊部隊用”装備と言える。
- なお、『ケルベロス・サーガ』では主人公側の装備であるが、ラスボスの如く複数の敵を単独で追い回している事が多い(※こいつおまわりさんです)
こいつが大暴れするのは『ケルベロスサーガ』名物であり、そして同シリーズ最大の死亡フラグなのは言うまでもない。
動力
漫画版の設定資料によると“簡単なパワーアシスト機構を有するものの万能のパワードスーツではない”という記載があるのだが、学研刊のムック“東京市街戦”において生みの親である押井守ははっきりと“筋力です!”と他メディアで豪語してしまったという経緯があるので、本項に於いてもはっきりと記載する。
敢えて言おう、筋力です、と。
因みにそのメディアとは、大日本絵画刊行の模型雑誌『モデルグラフィックス』である。
お堅いイメージのある老舗の雑誌で明かされた衝撃的な事実は、それまで長年の謎だった(後述する原子力説など)プロテクトギアの動力におけるケルベロス・サーガ制作サイドの公式回答として、変更は為されていない。
故にもう一度言おう、筋力です、と……!
首都警特機隊での運用
特機隊においては各中隊の突入小隊及び、各小隊本部が常時着装しているが、基本的には主力となるナンバー中隊所属の特機隊員は全員着装資格を持ち、大規模警備の場合は総員着装の状態で出動する。ただ、ナンバー中隊以外の特科小隊(装甲車両)、輸送中隊(隷下の航空小隊を除き)ほかの主力3個中隊以外の各部隊は後方支援隊員用に設計された軽装型プロテクトスーツを着装し、携帯口糧を携行するなど、92式着装の隊員よりも長期間の行動が想定されている。
特機隊員は入隊において首都警養成学校において厳しい訓練を受け、心身共に強靭な隊員のみが入隊し各中隊に配属されるが、養成校の段階、或いは実勤務の段階で特機隊を辞して、首都警公安部などに籍を移すものも多い。加えて、後方支援隊員も92式着装隊員に比して車両勤務などの長期勤務の負担も大きいため、一概にナンバー中隊以外の隊員の戦闘力は低いと考えることはできない。
ケルベロス騒乱において、警視庁を襲撃した特機隊員総員300人はその倍近い兵力を持つ警視庁機動隊を奇襲で壊滅させ、軽装プロテクトスーツ着装の隊員達もスティックグレネードやパンツァーファウストを使用して前衛隊員の突撃を正面切って支援している姿が漫画版犬狼伝説の最終巻に残されている。
その他の組織で運用されるプロテクトギア
↑陸上自衛隊に配備されたプロテクトギア。メインアームとしてMG42とPzB39を装備する。
この首都警仕様のプロテクトギアを基本に、陸上自衛隊でも市街地戦闘用装備として第1空挺団内に“団本部付情報・偵察中隊”というカバーネームを以てプロテクトギア運用部隊を組織し、ケルベロス騒乱時に於いて警視庁庁舎奪還作戦に投入している。ただ、その要員の訓練に於いては防衛庁から特機隊に着装者の基本教育が要請された経緯もあり、謂わば親殺しを命ぜられた陸自隊員が動揺する姿が漫画版犬狼伝説の最終巻にも残されている。これが陸自プロテクトギア最初の実戦であったが、最期の突撃を仕掛けてきた首都警プロテクトギア部隊との戦闘の様子は一切描かれていないため、互いのプロテクトギアにどの程度の性能差があったのかは不明なままである……。
また、警視庁内でも対テロ突入作戦を担任する特殊突入部隊“SSG”を第6及び第9機動隊内に組織し、後にダッカ事件にて実戦投入された9機の部隊が“SSG-9(学研ムック内記載に準拠)”と呼称されて海外に知られるようになった。どちらの部隊も軽装版プロテクトギアとも言える防弾服を装備したとされており、特機隊は消滅すれど、そのノウハウやデータは首都警以外の組織に流出していった事は非常に興味深い事実であろう。
プロテクトギアのその後
再開発に飲まれつつあるゴミ捨て場に、山のように積まれたギアが漫画版犬狼伝説の一巻のあるエピソードで確認できる。国家の治安に貢献し、あまつさえ他組織の尻拭いまでさせられた挙句解体された特機隊と共に、そのギアもまた使い捨てられるという余りに悲惨な末路を辿ったのは、作中を通して語られる三歩あるけば総て忘れる“猫の世の中への移り変わり”を表す象徴的なシーンなのだろう。また、『紅い眼鏡』では、元首都警公安部長の室戸文明が、最後のギアの回収に執念を燃やしていることから、復活を恐れられた象徴として、また、ギアそのものが脅威であるという点において、“抹殺しなければならない対象”だったことは想像に難くはない。
現実に於いてのデザインとして与えた影響
その後のゲームやアニメなどにも似たようなコンセプトと思われるメカや装備が登場している辺り、プロテクトギアが与えた影響は決して小さくはないのかもしれない。だが、その原点に辿り着く人が少ないのもまた事実である。この項で列挙すると枚挙にいとまがないので、興味のある方は自身で調べてみるといいだろう。
- KILLZONE - オランダのゲリラゲームズが開発したファーストパーソン・シューティングゲームで、敵キャラクターであるヘルガスト兵士のデザインの元がプロテクトギアである。
- Wolfenstein The New Order - アメリカ企業による、「ドイツが第二次大戦に勝利した」というIFの未来で戦うFPS。パッケージ画像からしてどうみてもプロテクトギア。
- 機神兵団(漫画版) - 巨大化したプロテクトギアの様なロボットが最終話にて主役機の雷神と殴り合っている。
- A.D.POLICE - 作中に出てくる一般隊員の防護服がまさにそれ。また、A.D.POLICEの創設経緯も首都警特機隊のそれと酷似している。
- オペレーションダークネス - サクセス開発・販売の XBOX360のシミュレーションRPGで、ミッション18にてHelpoortというプロテクトギアそっくりな敵が登場する。尚、その部隊の指揮官役には宮村優子が声優として充てられている。
- デジボク地球防衛軍 - 仲間にできるブラザーに「ゲーエスゲーブラザー」というキャラクターがおり、特に「ゲーエスゲーブラザーα」は全身が黒系統で、目の部分が赤い暗視ゴーグルを思わせるところからプロテクトギアが元ネタではないかと思われる。ちなみにドイツの実在する警察特殊部隊「GSG-9」とはあまり似ていない所からすると…。
- HALO Infinite - マルチプレイヤーでスパルタンが使用可能なヘルメットとして「ケルベロス」というプロテクトギアを意識したものが登場しており、説明も「悪名高い首都軍当局が「敗北主義者」の反戦デモを弾圧するために初めて使用された」という明らかなオマージュになっている。
- アーリーガバナーVol.2(アーリー79) - 模型・フィギュアメーカー『コトブキヤ』の展開するプラモデルシリーズ「ヘキサギア」に登場する「ガバナー」と呼ばれるキャラクターの一種。ダークブルーの成形色やガスマスク状のヘルメットの他、付属する汎用機関銃の形状はMG42がモデルになっているなど、プロテクトギアを意識したものとなっている。
- HELLDIVERS 2 - プレイヤーが使用可能なヘルメットの一つにプロテクトギアを明らかに意識したデザインの物がある。
余談
- 概要にあるように千葉繁主演の『紅い眼鏡』が初出であるが、当初は千葉繁のドラマ仕立てのプロモーションビデオとして始まった企画であり、押井守が脚本を担当した『うる星やつら』第87話で、千葉演じる一高校生であるメガネが徹夜して作った「重モビルスーツ」が元ネタである。
- 『紅い眼鏡』のギアは出渕裕にシュタールヘルム、ガスマスク、甲冑、乗馬ズボンの要素を組み合わせるように指示してデザインしてもらったが、そのまんまではとヘルメットに穴を5つあしらった。実はこれがブチ穴の起源であるといわれている。
- 品田冬樹の手によって出来上がった漆黒のスーツは怪しい魅力を放っており、押井は「もうまともな映画は撮れないかもしれない」と覚悟を決めたという。またスタッフはそろってスーツを着たがった。なお目を点灯させるギミックのために視界はほとんどなく、着込んだ千葉は光量の強さと熱で失明するかもしれないと思ったという。
- 『紅い眼鏡』では冒頭すぐにヘルメットを外すが、これは役者の顔を見せる為や前述のギミックによる目への負荷を心配した為ではなく、ヘルメットが大きい為に(身長180cm以上は無いと)「頭でっかちのちんちくりん」に見えるからという、切ない事情のためである。
- 「身長がないとちんちくりんに見える」という理由により、続編と言える映画『ケルベロス 地獄の番犬』では身長190cmある藤木義勝が、プロテクトギアを着る主役に抜擢された。ただもともと藤木はスーツアクターで生の演技は専門外であり、「演技の下手さ」は監督の押井の想定以上だったため、押井は藤木に演技をさせることを諦めて「お前は犬だからとにかくうろついて飯を食ってろ」と撮影したという。だがプロテクトギアを着た戦闘シーンでの撮影では藤木は本領を発揮し、夏の香港で撮影された銃撃戦シーンで、藤木は弱音ひとつ言わずにクソ暑い劣悪環境の中クソ暑いプロテクトギアを着てクソ重いMG42を担いだ撮影を、すべて自ら行っている。
- 映画『JIN-ROH』のギアはアニメーターの負担軽減のため、本来MG34を持たせる予定がより角ばったデザインのMG42に変更された経緯がある(「MGだぜ、MG。それもMG34でなけりゃイヤなのだ。アニメ『人狼』では、作画が(MG34よりは)ラクチンであるという理由で泣く泣くMG42で妥協したが(それでも大変なので現場の評判は最悪)、本当はMG34にしたかったのだ。」押井守著[メカフェリア]30頁より抜粋)。
- 『紅い眼鏡』のギアには左胸の辺りに電卓(百均で売っているような)みたいなモノが付いているが、これが何かというと電卓である。これは元々紅い眼鏡が日活の渡り鳥シリーズのパロディ作品としてスタートしたことにより、クライマックスのヤクザ者との戦闘時にコレで使用した弾薬費などを計算しながら戦うという展開が構想にあったためである。また初期には動力は原子力とされる場合があったが、これはダルマストーブの蓋が元ネタの腹部を原子力マークに見立てた馬鹿ネタである。
- 押井が監修したゲーム『サンサーラ・ナーガ』のキャラデザインを担当した漫画家桜玉吉は、明け方の公園でベンチに座っているギアの2人組(気合の入ったコスプレカップル?)に遭遇した。その後、ゲームの打ち合わせの際に押井にどうにかならないか直談判している。なお同ゲーム2に登場するモンスター「パンツァービートル」はギアをモデルとしている。