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高雄の編集履歴2014/01/05 22:25:05 版
編集者:ウォルナルド
編集内容:重巡高雄について

曖昧さ回避

1.人名。

2.地名。

  1. 京都府京都市右京区北部にある地名。
  2. 台湾南部の都市名。

3.艦艇名(上記京都の地名(高雄山)に因んだもの)

  1. 大日本帝国海軍の明治期の巡洋艦
  2. 大日本帝国海軍の昭和期の重巡洋艦

4上記艦艇に因んだキャラクター名(主に重巡洋艦に因んだもの)

  1. 蒼き鋼のアルペジオ』の登場キャラクター。→タカオ(蒼き鋼のアルペジオ)
  2. 艦隊これくしょん』の登場キャラクター。→高雄(艦隊これくしょん)

台湾の都市名の高雄

大日本帝国統治時代、元の地名の「ターカオ(打狗)」から、日本語での音が近い「高雄」に改名された。現在の台湾では、中国語読みで「カオシュン」または台湾語読みで「コーヒョン」と呼ばれている。

艦艇の高雄

大日本帝国海軍が公式に最後の重巡洋艦型として建造した高雄型の1番艦。1番艦ではあるが、同時に起工した2番艦・愛宕が先に竣工している。

1927年4月28日に横須賀海軍工廠にて起工。1930年5月12日に進水。進水式には香淳皇后が臨席し、式典の模様はラジオで実況された。1932年5月31日の就役後は第2艦隊第4戦隊に所属する。

1933年8月26日には横浜沖で行われた特別大演習での観艦式にて、昭和天皇が乗艦する戦艦比叡」の供奉艦として参列した。

1937年の日中戦争開始後には上海上陸作戦等を支援し、その後旅順から華北方面で活動する。

1941年の太平洋戦争開戦時の艦長は朝倉豊次大佐。近藤信竹中将麾下の第4戦隊に所属し、フィリピンルソン島リンガエン湾上陸作戦の支援にあたる。

1942年ジャワ海で作戦に従事。3月1日、高雄の水偵がオランダ商船を爆撃。翌2日、「高雄」と「愛宕」は米駆逐艦「ピルズバリー」を撃沈。その二日後の4日に「高雄」、「愛宕」、「摩耶」と第4駆逐隊の駆逐艦2隻、「」と「野分」がチラチャップ近くで船団を攻撃、タンカー3隻、掃海艇1隻を沈め、オランダの貨物船2隻を捕獲。護衛のオーストラリアの軍用帆船「ヤラ」も撃沈した。また5月2日、米潜水艦に撃沈された「瑞穂」の救援に赴き、「摩耶」と共に乗組員を救助する。

その後はアリューシャン作戦カ号作戦、第二次・第三次ソロモン海戦南太平洋海戦にも次々と参加。

1943年2月、ガダルカナル島撤退を支援後、艦長は猪口敏平大佐にかわり、トラックを拠点に中部太平洋で活動した。

1943年11月5日、ラバウルに進出したがそこで米空母艦載機により重油補給中に命中弾2発を受け、このうち1発が1番砲塔と2番砲塔の間に命中。たまたま一番砲塔の扉が開いており、爆風で炸薬が引火した結果、戦死者23名を出した。「高雄」は横須賀に戻り1944年1月19日まで修理のためドック入りとなった。

その後トラックへ向かうはずだったが、1944年2月1日に被雷と悪天候のため艦首が切断されて航行不能となった軽空母「雲鷹」の護衛に急遽赴く。駆逐艦「初霜」、「白雲」、「沖波」、「岸波」と協力して米潜水艦を撃退し、「雲鷹」の曳航に成功。2月7日、横須賀に帰港した。この作戦で、「高雄」は米潜水艦1隻撃沈を報告している。

1944年6月19日、マリアナ沖海戦に参加。前衛部隊として戦艦「大和」と共に戦ったが、甲部隊(小沢艦隊)から発進した日本軍攻撃隊を敵編隊と間違え、右舷高角砲で誤射している。この事故で数機が墜落した

同年10月22日、栗田健男中将指揮の第一遊撃部隊に属しレイテ湾に向けてブルネイを出撃。だが翌日の23日、パラワン島沖を航行中に米潜水艦「ダーター」の放った魚雷2本が右舷魚雷発射管真下と右舷後甲板に命中。高雄は戦死者33名を出し、第三・第四罐室を破壊され、外軸スクリューも失って大破し、仕方なく撤退を開始。この時の最高速度は11ノットだった。しかも「ダーター」の追撃を受けたが海軍機の援護によって「ダーター」は座礁して自沈。二日後の25日、駆逐艦「長波」、「朝霜」、水雷艇「鵯」に護衛され無事ブルネイに帰還。11月8日に未修理のまま駆逐艦「清霜」に護衛されてブルネイを出発し、11月8日にシンガポールに到着。

1945年1月11日、飛来するB-29を主砲と高角砲で迎撃し、1機を撃墜した。その後本格修理のために本土に戻るための応急修理が行われたが、シンガポール防衛のために同港残留が決定され、高雄は損傷した艦尾を切断し、応急防水措置を施した状態で投錨した。この時、出撃可能な状態に見せかけるため、艦尾を椰子の葉で覆うなどの偽装工作が行われ、大部分の乗組員は臨時陸戦隊員となり、機銃は付近の陸上陣地に移動された。

1945年7月31日、シンガポールのセレター港でイアン・エドワード・フレーザー大尉率いるイギリス小型潜水艇「XE3」と、同行した潜水隊員ジェームズ・ジョセフ・マグニスによって仕掛けられたリムペットマイン(吸着式時限機雷)が第三砲塔右舷艦底で爆発。幅3m、長さ8mの亀裂が生じ、下部電信室と主砲発令所が浸水したが、損害は軽微だった。

こうして満身創痍ではあるものの、なんとか終戦まで沈まず、日本帝国海軍で唯一水上に浮いたまま終戦を迎えた重巡洋艦となった。

戦後は賠償艦としてイギリスに引渡された。だが中華民国の雪風やソ連のと違い、イギリスの艦船と規格が大きく異なっていた事が不運となり、イギリス海軍は高雄を「必要無し」と断じ、処分に高雄を自沈させる事を即座に決定。

1946年10月27日にイギリス海軍によってマラッカ海峡に牽引され、二日後の10月29日に艦底に爆薬を設置。午後6時30分に爆薬に点火したのち、巡洋艦「ニューファンドランド」の砲撃によって午後6時38分、艦尾から沈没した

1947年5月3日に除籍となる。

蒼い鋼のアルペジオの高雄(タカオ

4-2.の重巡洋艦に因む。

声優:アニメ版沼倉愛美/CDドラマ版佐藤利奈

霧の艦隊重巡洋艦タカオメンタルモデル

人呼んでツンデレ重巡。というか千早群像に対してもうデレデレ

艦隊これくしょんの高雄

4-2.をモチーフとする「艦隊これくしょん」のキャラクター。→高雄(艦隊これくしょん)

2013年8月現在、本キャラクターに関するイラストにこのタグが付与される場合が過半となっている。pixivにおいては高雄型重巡洋艦の妹・愛宕と並んで大艦巨乳主義の双峰を成している。

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