・・・燃料の残量がわずかとなり、緊張の度合いが高まりつつあるとき、空で最も人気があるのは給油機の搭乗員であることは間違いない。
トム・クランシー「トム・クランシーの戦闘航空団解剖」(新潮文庫・1997)P256より
空中給油機とは、飛行中の航空機に送油ホースを渡し、自身のタンクから燃料を分け与える能力をもった航空機である。機種によっては給油機自身も燃料を受け取ることができ、「空のバケツリレー」のような芸当も可能(⇒ブラックバック作戦)。航空軍事用語では「タンカー」と呼ばれている。
方式は大きく分けて2種類あり、それぞれ一長一短あるが、これは別項に譲ることとする。
空中給油の歴史
空中曲芸
1921年11月2日、軽業師ウェスリー・メイが近接して飛行する複葉機の翼を渡り、もう1機にガソリン缶を届けるという曲芸を披露し、これが世界初の空中給油事例となった。その後、1923年6月27日、アメリカで海軍航空隊の2機が空中でホースを渡して燃料を注入するという、本格的な空中給油に成功している。
だが、この当時ではそれ以上は求められなかった。
この頃にあくまで「サーカスの曲芸」の延長にとどまったのは、長距離を無着陸で飛行しなければならない必要性が薄く、また航空機そのものも機械が未発達で、なにかと故障が頻発しては着陸を余儀なくされることは多かったからなのだった。
実用へ
しかし、第二次世界大戦が終結し、アメリカとソビエトという二大国家が政治的・軍事的に対立するようになると状況は変わった。
核爆弾が現実のものとなり、広島・長崎はその最初の犠牲になっていた。
また戦略爆撃理論(当時勢力の強かった)では「開戦後、速やかに敵国中枢を(軍民問わず)壊滅させれば、敵は平和を求めて和平を求めてくる」としており、こうして来たる核戦争は『開戦とともに都市には核爆弾が雨のように降りそそぎ、人間はすべて死に絶えてしまう』ものと予測されていた。
だが、相手国に核爆弾を降らせるのはいいとして、そのためにはどうすればいいだろう。
第二次世界大戦終結当時は、アメリカでも本土からモスクワへ到達できる爆撃機は存在せず、またソビエトに至っては開発計画すら存在しないという有様だった。そこでアメリカでは元々はベルリン向けだったが、手持ちの中ではどうやら実際にモスクワに到達できそうな爆撃機の開発を進めた。
一方、また時代はジェットエンジンとなり、増え続ける燃料消費への対応として、燃料搭載の拡大ではなく「空中で燃料を補給する」というアイデアを再発見し、試行錯誤の末にアメリカでは「フライングブーム」、イギリスでは「ホース&ドローグ」という方法を開発した。ソビエトでも翼端に着けたホースを、受油機の翼端につけたアダプターに接続して給油するという方法を開発している。
(このあたりの詳細は空中給油を参照のこと)
こうした実用化ののち、本土から給油なしでモスクワを狙うという考えは薄まり、空中給油で航続距離を伸ばして往復するという考えに発展していった。さらにこの考えも、のちに有人の爆撃機はICBMへと置き換えられ、こうして巨大な爆撃機は命運尽きて現在へ至っている。
現在の空中給油
今では「空中給油なしでは、現代の航空戦は考えられない」とさえいわれる。
最新鋭の戦闘機でさえ、燃料と兵装を満載しては最大離陸重量を軽く超過してしまう。そこで兵装満載のまま、燃料だけを減らして離陸し、不足する燃料は空中で補給するという運用が行われるようになった。フォークランド紛争におけるブラックバック作戦のように、もはや「それ抜き」が考えられない、非常に重要な存在になったのである。
ただし、直接戦闘に関わらない空中給油機は目立ちにくい存在であり、アメリカでさえ装備や機材の更新には予算が中々回せないことになっているようである。事実、現在でも現役生活を続けるKC-135は1956年に初飛行を果たした機であり、80年代に機体はそのままエンジンだけCFM56系列に換装されてKC-135Rへ発展したが、コクピットなどの進化は、基本的に60年代に製造されて以来の古典的装備にとどめられている。
のちにDC-10を空中給油機としたKC-10も採用されたが、KC-135を完全に入れ替えるには至らなかった。現在ではKC-135ともども、KC-767(KC-46A)で置き換える計画が進んでいる。
回転翼機と捜索支援
また、空中給油はヘリコプターを用いたヘリボーンや捜索救難任務のように、固定翼機では不可能で航続性能の悪いヘリを長距離展開するためには必須となっている。KC-130やHC-130の一部の型には、救難信号受信センサー・対地探知機を搭載して捜索に参加しつつ、ヘリコプターにも給油する救難支援機となっているものもある。
空母航空隊
航空母艦は天候やトラブルなどによって着艦が一時延期となることがあり、同一艦隊に複数の空母を展開することのない現在は、空中給油機の存在は重要である。何せ海上で燃料切れになったら即「ドボン」なのである。
ただし、空母航空隊で(本格的な)空中給油機は
・着艦できず、艦載機として使えない
・空母内に収容できない
・専用より、汎用のほうが使いまわしが利いて都合がいい
などの理由から、専門となる空中給油機を持たず、バディポッドと呼ばれる給油用の装置と、増加燃料タンクをいっぱいに搭載した戦闘機・攻撃機を空中給油機としている。
空中給油機あれこれ
アメリカ
KC-767(KC-46)
ボーイング767を基にした空中給油機で、現在イタリアと日本が運用しており、将来的にはアメリカも同様の機をKC-46として運用する予定。KC-767はKC-135やKC-10よりも新世代の給油機であり、世界的にはこれからも活躍が期待される。
KC-135「ストラト・タンカー」
ベトナム戦争の頃から第一線にとどまり続ける古強者。
ボーイング707と同じく、ボーイング367-80から発展しており、現在も活躍しつづけるC-135シリーズでも一番の働き者である。現在では残存するA型全てがエンジン換装を済ませており、これはKC-135Rと呼ばれている。
なお、A型の次がR型と、記号がやたらと飛んでいるのはEC-135やRC-135も派生型に含まれているため。
KC-10「エクステンダー」
DC-10を基にした給油機であり、KC-135よりも発展した高度な装置を備えている。
新型な分強力であり、燃料タンクを満載にしても貨物室を利用する余力がある。このおかげで例えば、航空隊が海外展開する際には、航空隊機に燃料を提供するいっぽう、部隊運用に欠かせない荷物のあれこれを運ぶことができる。
また、KC-135と違い、フライングブーム式と共にホース&ドローグ方式用の給油装置も標準装備している。
KC-130「ハーキュリーズ」
C-130の機内に燃料タンクを増設し、主翼端に給油装置も追加して空中給油機としたもの。
給油方式がホーズ&ドローグ式に限られるので、受油機は海軍(海兵隊)機やヘリコプターに限られる。海軍・海兵隊・空軍州兵などで活躍中。
KC-130J「ハーベストホーク」は増設燃料タンクなど一部を換装することにより武装化もできる。
KB-29「スーパーフォートレス」
アメリカ空軍(戦略空軍)で最初の空中給油機。飛行性能に優れたB-29を空中給油機に転用し、KB-29Mがホース&ドローグ式、KB-29Pではフライングブーム式を採用している。1952年に退役。
KB-50「スーパーフォートレス」
B-50を空中給油機に転用したもので、KB-50Jでは速度強化のためジェットエンジンも増設。ベトナム戦争中まで現役であった。
KC-97「ストラトクルーザー」
KC-135に続く一連の空中給油機の中で、最後のレシプロ機。
空中給油機としては1973年まで、その後は輸送機にも改造されて1978年まで運用されつづけた。
KB-50に引き続きジェットエンジンも増設されていたが、B-52にはそれでも遅すぎ、空中給油の際は車輪を出して速度を落としてやるのが定例だった。
KA-6D
爆撃用装備(照準器・コンピュータなど)を取り除き、A-6ならではの搭載力を生かした空中給油専用機としたもの。通常のA-6と違い、コンピュータ関連の手入れが不要だった事などから運用費は安くついたという。
イギリス
VC-10K
VC-10をイギリス空軍向けに改造したもので、2013年までの長い間現役にあった。
多国籍軍の一員として湾岸戦争に参加した実績がある。
後継はA330を基にしたボイジャーKC(A330MRTTのイギリス仕様)。
ドイツ
A310MRTT
A310の中古機から改造されており、給油機としての機能だけでなく、貨客混載も可能な給油機。
フランス
A330MRTT
A310MRTTの完成度を高め、新たにフライングブーム式にも対応できるようになったA310MRTTの後継型。
ロシア
Il-78「マイダス」(Il-76を基にした空中給油機)
Il-76の貨物室に燃料タンクを増設し、主翼にもホース&ドローグ式給油措置を追加したもの。
80年代に開発と配備が進められ、現在も改良を加えられつつ生産中である。
中国
HY-6(Tu-16のコピー機を基にした空中給油機)
参考資料
・トム・クランシー「トム・クランシーの戦闘航空団解剖」(新潮文庫・1997)