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うらじゃ

うらじゃ

1994年に岡山青年会議所の一部会によって設立されたイベント。またはそれに使われる楽曲および音頭(ダンス)。2001年より岡山市のおかやま桃太郎まつりの一部になった。
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概要編集

1994年に岡山青年会議所の一部有志(現在の「うらじゃ実行委員会」)によって設立されたダンスイベント。


元々、岡山市には春に行われた「岡山桃太郎まつり」と夏に行われた「夏まつりおかやま」があり、それらイベントで踊られた「岡山桃太郎おどり」があった。

これは市内のメインストリートである「桃太郎大通り」(岡山駅~柳川交差点)を盆踊りで練り歩く阿波踊り風のイベントであった。


しかし「うらじゃ」が立ち上げられた頃には、この「桃太郎おどり」はどっかの国家的レガシーの如く様々な問題が噴出していた。

例えば、地域スポンサーによる過度の介入、金をかけた参加者やスポンサー傘下の組織が優先的に賞を取れるように働きかけが行われる、スポンサー企業や地域商店の従業員に対する踊り参加の強引な強制など、イベント自体が「人を縛る」地域にとって重いものと化していた。

踊り自体も「伝統を受け継ぎ、伝統を作る」事をタテマエに紋切り型・紋切り調の「みんなそろって」という自由度の低い全体性の高いものでアレンジが許されず、何よりも下がアスファルトにもかかわらず足や体を地面に打ち付ける動作があるなど体への負担が大きい時代に合わないもので、踊りで体を壊す事例も少しながら時に見られた。

そして何よりも実行委員会の上層部が決定権を独占し世代交代が成されず「若造は引っ込んでろ、大人しく従え」と時代に合ったアップデートが出来ない体制が確定してしまっていた。

その結果「桃太郎おどり」は「公平なイベント」「皆が気軽に参加できるイベント」とは言いづらい(むしろ「面倒くさいイベント」という)側面が出ていた。


この事に見切りをつけた岡山青年会議所の一部有志が当時の「桃太郎まつり」の実行委員会から離反し、当時にムーブメントを起こしていたよさこいを参考として立ち上げられた秋のイベントが「うらじゃ」であった。

イベント・踊りの名称も「桃太郎おどりに対抗できるんはなんじゃ?」「桃太郎に対抗できるんは……温羅(うら)じゃ!」で、決まったとか決まらなかったとか。

立ち上げられた「うらじゃ」は当時のDDRを発端とするダンスブームを追い風として、若年層からウケにウケ、順調かつ急速に参加者を伸ばし、1990年代末期には岡山を代表する一大イベントへと成長した。


しかし2001年に「いくらなんでもイベントが多すぎる!」(いいかげんに和解しろ、でないと祭りなんか許可しないぞ)とブチ切れた岡山市・岡山県(岡山県警)の介入で「おかやま桃太郎まつり」へと合流させられ、そのメインイベントとして、8月の第1日曜日とその前日の土曜日に岡山市中心市街地で開催されている。(が、最近はその限りではなく盆休みの1週間前後の頃に行われる時もある)


余談編集

その後「桃太郎おどり」は「うらじゃ」の参加人数が増加するのとは対照的に参加人数を落としていった。

そしてついに一般市民や観光客・帰省客からも「なんで躍りが2つもあるの?」「区別が解り辛く紛らわしい。なんとかしてくれ」と苦言が頻出。

うらじゃ立ち上げ後に成人した若年層の新社会人たちからは「うらじゃに出たいから桃太郎おどりは無理」「桃太郎おどり強制参加なら会社辞める」という声も頻出し、桃太郎おどりの参加企業は次々に存続の危機に陥った。

結果、ついに2007年「桃太郎おどり」は「うらじゃ」に集約されて潰えた。


ある意味、踊りの世界で温羅は桃太郎にリベンジをかませた……のかも、しれない。


特徴編集

このイベントのために作られたダンス曲である「うらじゃ」に合わせ創意工夫をこらした躍り(ダンス)を披露する事が主軸。


舞台でダンスを行い披露する通常のうらじゃイベントと、阿波踊りのようにパレードのように大通りを躍りながら更新する練り歩き(うらじゃ練り歩き)がある。


参加者は10人以上(練り歩きに参加する場合は15人以上)100人以下のチームメンバーと、それを統括・サポートする専属のマネージャー(躍りに参加しない責任者)を3人以上据えた「躍り連」を結成する必要がある。


踊りに参加する人が全員、鬼をイメージした化粧(温羅化粧)を顔に施すのが大きな特徴である。


曲こそ定められているものの、躍りそのものに規定は無く、振り付けに対する各参加者の創意工夫が最大の見所。


由来編集

岡山県に古くから伝わる桃太郎伝説にて、桃太郎のモデルとなった吉備津彦命の敵、いわゆる桃太郎話でいう“鬼”、「温羅(うら、またはおんら)」の伝説から。


楽曲の種類編集

うらじゃ編集

この祭りのラスト「総おどり」にも使われるメインテーマ曲。

「うらじゃ原曲部門」では、この曲にあわせて創作した舞踊を競い合うコンテストが見せ場でもある。

作詞は永末 研。作曲は赤木 守。公式振り付けは星野 和子。

(現在一般的に踊られてる振りは、祭り初期の頃の参加踊り連で踊られたもの)

なお、一部スーパーではこの曲の別編曲替え歌が鰆の岡山の食文化PRソングSAWARAJAとして使用されている。なお、このSAWARAJAは岡山市観光協会(現在の岡山市観光コンベンション協会)が発行したもので編曲・作詞は住宅正人(ちくわ笛奏者として知られる)が行った。

うらじゃ音頭編集

この祭りのラストに全踊り連参加によって締めくくられる舞踊「総おどり」に使われる曲の一つ。

新感覚でフレンドリーな振り付けと、心地よいメロディが幅広い世代に支持されている。

作曲は平松 久、振付は中川雅子(現岡山県議会議員)。作詞者は*MIZ*。

結~YUI~編集

市内各所に設けられる「演舞場」にて踊り連が自由に演舞できる、うらじゃの楽曲。

作詞は安井優子。作曲は安井明子。


(Wikipediaより)


原曲の歌詞編集


温羅じゃ 温羅じゃ 温羅じゃ・・・


今は昔の吉備(きび)の冠者(かじゃ)よ

真金(まがね)吹く吹く 吉備の国で

今は昔の吉備の冠者よ

ぼっけ ぎょうさん

宝を産んだ


燃やせ 叩け 熱いうちに

飲めや 踊れや 夜更けまで

ぼっけもんじゃ ぼっけもんじゃ

ぼっけもんじゃ うらじゃ


ハレバレ大空 吉備の国

歌え 踊れ 鬼祭り

ハレバレ大空 吉備の国

温羅じゃ 温羅じゃ 温羅じゃ


温羅じゃ 温羅じゃ・・・

じゃ じゃ じゃ じゃ 温羅じゃ



(以後繰り返し)


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