リアンダー級軽巡洋艦の4番艦。
1931年9月26日起工、1932年11月24日進水、1934年1月18日竣工。
本国艦隊に配備。
1937年、北米艦隊に配備。
1939年9月1日、第二次世界大戦が勃発。開戦時は西インド諸島方面に在った。
1940年2月、カナダ総督ジョン・バカン(トゥイーズミュア男爵)の遺灰をイングランドへ運ぶ。
6月、地中海に配備。第7巡洋艦隊の旗艦となる。
6月21日、バルディアのイタリア軍を艦砲射撃。
7月9日、カラブリア沖海戦に参加。
11月12日、オトラント海峡海戦に参加。
1941年3月28日、マタパン岬沖海戦に参加。
5月29日、イギリス軍のクレタ島撤退を支援。空襲を受け大破。アメリカ海軍のメアアイランド海軍工廠で修理を受け、新型レーダーが搭載される。
1942年3月、プリマス港に戻る。南大西洋とインド洋で船団護衛に当たる。
10月、地中海の第15巡洋艦隊に配属。
1943年7月10日、連合国軍のシチリア島上陸(ハスキー作戦)を支援。
1944年1月22日、連合国軍のアンツィ上陸を支援。
6月6日、ノルマンディー上陸作戦に参加。その後、地中海に戻る。
1945年5月8日、ドイツが降伏文書を批准。
1946年11月12日、アルバニアの同意を得ずにコルフ海峡の機雷除去作業を行う(コルフ海峡事件)。
1947年、退役。
1949年7月19日、スクラップとして売却。