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リアンダー級軽巡洋艦

りあんだーきゅうけいじゅんようかん

イギリスが第一次世界大戦後初めて建造した軽巡洋艦の級名。
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主要データ

  • 排水量:9740t。(満載排水量)
  • 全長:166m。
  • 全幅:16.9m。
  • 速力:32ノット。
  • 武装:
    • 15.2cm連装砲4基。
    • 10.2cm連装高射砲4基。
    • 12.7㎜四連装機銃2基。
    • 533㎜四連装魚雷2基。
    装甲:水線102㎜。甲板:32㎜。主砲前盾25㎜。
  • 乗組員:570名。


同型艦

リアンダー アキリーズ ネプチューン オライオン エイジャックス

級歴

1930~1933年にかけて起工され、1933~1935年にかけて竣工した。
ネームシップのリアンダーは1937年にニュージーランド海軍に貸与され、太平洋、地中海、インド洋などで活動し、1943年7月13日のコロンバンガラ沖海戦に参加して被雷し大破。戦争終結までに修理完了せず、1945年にイギリス海軍に復帰し、1949年に解体された。

アキリーズは1936年にニュージーランド海軍に貸与され大西洋、太平洋で活動した。特に有名なのは1939年11月3日、ラプラタ沖海戦で独装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペーと激闘を交えた事であろう。1946年にイギリス海軍に復帰したが、1948年にインド海軍に供与され1978年に解体された。

ネプチューンは地中海で活動し、中でも有名なのはマルタ島を拠点とするK部隊の一隻とし1941年11月8~9日にイタリアのデュースブルク船団を壊滅させた戦いであろう。だがそれから間もなくの12月19日に機雷に触雷し沈没した。

オライオンはノルマンディー上陸作戦支援に参加した以外は地中海で主に活動し、1949年に解体された。

エイジャックスは大西洋・地中海で活躍したが、これも有名なのはG部隊のヘンリー・ハーウッド代将の旗艦として姉妹艦アキリーズ、重巡洋艦エクセターと共に奮戦したラプラタ沖海戦であろう。こちらも解体は生き残った姉妹達と同じ1949年の事であった。

逸話

第一次世界大戦後にイギリスで初めて建造された軽巡洋艦であり、保有を認められたのであまり乗り気の無いままに建造された重巡洋艦勢と違い通商保護・植民地防衛などの為に必要とされたコストパフォーマンス、オールマイティ性でもイギリスにとって本級はある意味理想的な巡洋艦の形であった。イギリスは次に本級を小型化させたアリシューザ級軽巡洋艦を建造。以後もこれに準じた軽巡洋艦を多数建造する予定であったが、その目論見は日本が建造した最上型軽巡洋艦という15cm砲塔を15門も備えた大型軽巡洋艦の登場によって崩れ、対抗の為にタウン級軽巡洋艦を建造する事となる。

準同型艦としてパース級軽巡洋艦があり、こちらは機関配置をリアンダー級が全缶全機配置で煙突を一本にしていたのに対して、シフト配置に変更して煙突は二本となっている。こちらではパースホバートシドニーが建造され全てオーストラリア海軍に供与されている。

1956年に公開された映画「戦艦シュペー号の最後」はラプラタ沖海戦とアドミラル・グラーフ・シュペーの自沈がメインであるが、この映画に当時はインド海軍のディリーだったアキリーズがアキリーズ自身の役で出演している。また重巡洋艦カンバーランドも砲塔が無い状態ではあるが自身の役で出演している。
因みにエイジャックスはタウン級軽巡洋艦シェフィールド、エクセターはフィジー級軽巡洋艦ジャマイカと共に二本煙突で三連装砲塔の二隻が演じているが、一本煙突のエイジャックスは仕方ないとしても、二本煙突のエクセターは連装砲塔なのに三連装砲塔というのが残念であり、ドイツ海軍が英海軍が連装砲塔艦が多いのでドイツ巡洋戦艦シャルンホルストグナイゼナウが三連装砲塔のうち二つだけ仰角を上げ味方に見せようとした事を再現してくれればとも思われる。シュペー役はデモイン級重巡洋艦せーラムでありもはや似ても似つかない。
海戦シーンはミニチュアの特撮なので、どうせならシュペーは最初から模型でも造って全体を映すシーンはそれで撮影したら良かったのではないかとも思える。因みに映画ではアメリカ巡洋艦に偽装しているという設定だった。
しかし、実際の軍艦を撮影に使用した製作スタッフの力の入れようは勿論高く評価されるべきであろう。

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