概要
1992年、アメリカ合衆国コロラド州の小さな町・グランビーに中年男性マーヴィン・ヒーマイヤーが移り住んだ。町はずれの土地を格安で手に入れた彼は、その土地で自動車修理業を営んでいた。
この事件の発端となる出来事が起きたのは2000年。ヒーマイヤーはコンクリート工場の建設を考えていた男性に対し、誤って土地の大半を安く売りはらってしまい彼は再交渉を試みた。
……ここまでならさほど珍しくもない土地売買トラブルの一端だったのだが、問題はここから。
工場を建てるメリットの大きさに目が眩んだ町の議会が、住民の意見を酌まずに速やかに建設を承認し、これ以上の交渉が不可能となってしまったのだ。
やむなく彼は工場建設を推進する町役場に対し、“隣接する土地にコンクリート工場が建設されると、溶接工場の看板が道路から隠れて見えなくなる”として反発。
「町の景観を守ろう」と掲げたヒーマイヤーの建設反対運動に賛同する住民もおり、彼らは2001年に町を相手取り訴訟を起こすも敗訴してしまう。
加えて2003年には地元新聞社・スカイハイニュース社が彼らを非難する記事を自社の新聞に掲載した為、仲間達が次第に運動から離脱。ヒーマイヤー自身も婚約者に去られてしまうなど不運が重なり、やがて彼に味方する者はいなくなってしまい、必死の抵抗もむなしくコンクリート工場は建設されるに至った。
この状況にヒーマイヤーは「せめて看板の代わりに店への道路を自分で作らせてほしい」との申し出をするも、行政はそれを認めない上に彼の自動車修理工場に「抜き打ち検査」なるものを実施、最終的に業務停止命令が下されて彼は失職してしまう(『汚水処理の不備』が理由とされたが、その実態たるや前の住人が合法的に設置した貯水槽の使用をまともな代替手段も無いまま遡及処罰同然の形で禁じるもので、反対運動をしていたヒーマイヤーに対する行政の非人道的な嫌がらせ、と言われても全く仕方のないものであった)。
程なく追い打ちを掛けるように彼の父が死去し、これによりヒーマイヤーは完全に天涯孤独の身になってしまった。
こうして彼は復讐を兼ねた事件……所謂『キルドーザー事件』を起こす決意を固めてしまったのだった……。
顛末
幾重にも重ねたコンクリートと鉄板で重装甲を施し、ビデオカメラとモニターにより視界を補い、対物ライフルや自動小銃で武装した改造ブルドーザー=キルドーザーを2か月かけて完成させ、ヒーマイヤーは遂に事件に及んだ。この移動要塞も同然であるキルドーザーは非常に強固な造りで、事件の際には銃弾や手榴弾の直撃を多数受けたにもかかわらず、ほぼ無傷であったとされる。
2004年6月4日午後、キルドーザーに乗り込んだヒーマイヤーは、遂に狂気の計画を実行に移す。
手製のモンスターマシンを駆る彼は自分の全てを奪った世間に復讐せんと、まずコンクリート工場及びその事務所を破壊、そのままパトカーや車を蹴散らしながら町役場、新聞社のビル、町長宅などを見事に破壊し、2時間以上に渡り暴走するも、やがてキルドーザーがエンジントラブルを起こし(強固な造りの代償に自重がとんでもないため)、標的の家を破壊する中、地面の窪みに嵌まる形で文字通り沈黙してしまう。
動けなくなったキルドーザーを前に、事件対処に当たっていた警官隊や軍及びSWATが、慎重にそれに接近しようとした矢先、キルドーザー内部から銃声が木霊した……。
その後、回収したキルドーザーを調査した警察から「キルドーザーには出入口が存在しなかった」と報告された(乗り込んだ直後に内部から溶接して入り口を塞いだらしく、これを剝がしてのヒーマイヤーの身柄確保には半日を要した)。
つまりヒーマイヤーは最初から、自らの死を前提にして事件を起こしたのだった……。
小さな町に日本円にして7億円クラスの大損害を出した事件だったが、死者はヒーマイヤー1人だけだった。
事件への反応及びその後
人口1500人ほどの小さな町で、突如起きた改造ブルドーザーによる破壊活動は地元住民にのみならず、全米ひいては全世界に衝撃を与え注目される事件となった。
「無敵の人による事件」と矮小化して取り扱うメディアや人間も多いが、元々ヒーマイヤーは地元では信頼された自動車整備工であり、甚大な被害こそもたらしたが結果的に他者の命を奪わなかった点、今回の経緯に至った腐敗した自治体やマスコミの横暴さなどが明らかにもされている点から、「事件は許されないがマーヴィン・ヒーマイヤーは権力の横暴による被害者でもある」あるいは「腐敗した暴政に抵抗した英雄」と見る者も少なくない。事件の鎮圧に携わったSWAT隊員の中にさえ「自宅の隣に工場を建てられたら誰だって怒るだろう。なぜ考えられなかった?」と理解を示した者もいる。
こうした事情もあって、この事件は「大規模破壊事件」としての扱いもさることながら、「何がヒーマイヤーの凶行をもたらしたのか?」「自治体やマスコミが充分に機能しないと何が起こるのか?」などの視点で語られる扱いも少なくなく、2014年にはロシアでこの事件に至る悲劇を元にした映画『裁かれるは善人のみ』が製作され、世界各国で賞の受賞やノミネートを受けるなど、現在に至るまで少なからず影響を残す事件となった。
尚、犯行に使われたキルドーザーは事件の翌年に解体されている。
関連タグ
シオドア・スタージョン:アメリカの小説家。氏の1944年著作『Killdozer!』(邦題『殺人ブルドーザー』)から事件名が取られている。