マイヨジョンヌ
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まいよじょんぬ
JRAの元競走馬である。
1990年4月8日生まれ、父リヴリア母アンフィニィ。通算39戦7勝。
1992年デビュー、1993年条件戦を勝ち上がり、ラジオたんぱ賞5着、セントライト記念7着、京都新聞杯ではウイニングチケットの首差2着、菊花賞12着。
1994年新潟大賞典3着、七夕賞2着、福島記念3着。
故障により1年近く休養。
1996年新潟大賞典で重賞初制覇、札幌記念マーベラスサンデーの首差2着、函館記念で1位入線したが降着により4着、福島記念は福島競馬場工事により新潟での代替え開催となり重賞2勝。
1997年新潟大賞典連覇で重賞3勝。
フェアダンスとは2勝1敗。
坂井千明騎手の代表的騎乗馬。
新潟競馬場が右回りの頃の新潟の申し子、特定の競馬場で強かった馬。
後にホッカイドウ競馬に移籍したが再起ならず不出走のまま現役引退。
2018年7月、永眠。
馬なり1ハロン劇場ではホープフルステークス(当時はただのオープン特別)、京都新聞杯、菊花賞で三度ウイニングチケットに敗れた事を恨み弟のロイヤルタッチに対して悪意を発露したゆえに函館記念の斜行をやるなど、完全無欠の悪役キャラである(しかもこの時のロイヤルタッチはマイヨジョンヌの悪意の塊の視線で疲弊しており掲示板にも入れない着順だった)。なおこの一件は作中においてほぼ唯一とでも言うべきロイヤルタッチの鞍上の失態とも言える話である。
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