曖昧さ回避
- マナーを教育する講師。マナー講師という職業は実在し、主に企業に招致されて新入社員へのビジネスマナーの講習を開催して収入を得ている。
- マナーにうるさい人への蔑称。及びマナー講師という立場を悪用して誤った価値観を植え付けようとする人。
2.の概要
主にインターネットにおいて、自らが定義するマナーを他人に押し付ける人への蔑称。
彼らの意見が一般的に正しいマナーとは限らず、また説教じみた上から目線での発言が多いため煙たがられる。
Wikiにおける主観的な編集の対策を装って挑発的な態度で悪態をつく人も立派なマナー講師と言える。
テレビ番組やネットニュースでも「マナー講師」が登場することはあるが、それらも嘘であったり、単に「社会人として」の見栄えだけを重視したものであることが多く、しばしば議論の種となる。
以下、代表的な例。
- 内定の辞退にメールや電話は失礼。直接会って礼を言う、もしくは手紙を出すべき。:実際の採用担当者からは「電話の方が処理が速くて助かる」「面会は時間を割く必要があるからやめて欲しい」という真逆の意見が挙がっている。
- ハンコを押すときは、おじぎをしているように斜めに押すべき。:広く広まっているビジネスマナーではあるが、斜めに押すとだらしなく見えるという意見もある。また、「わざと斜めに押すのは上司への抵抗のサイン」という説もあり、何が正しいのか結論は出ていない。
- お祝いの返礼品に緑茶を贈るのは縁起が悪い。:葬式で緑茶を飲むことが多いからという理由だが、老舗の緑茶屋は「昔から緑茶は縁起のいい贈り物である」と、歴史的背景を交えて反論している。
- 取引先で出されたお茶を飲んではいけない。:理由は「はしたない」以外にも「相手の要件を飲む」とされているため。実際は相手が「飲んでください」と言ったら残さず飲むことが正しいとされている。
- 「了解しました」ではなく「承知しました」が正しい。:了解は「話は理解した(実施するとは言っていない)」という意味とされており、目下が目上に使うのは失礼とされている。一方承知は受け入れた(=同意した)という意味となり、たとえできないことでもこの言葉を使うと責任を押し付けられる危険性があるので、状況によっては使用しないほうがいい。
- 相手を訪ねる時のドアノックの回数。:日本と海外では全く逆の意味になってしまうことが多々あり、一概に統一できるものではない。
この様な古くからやっていたというだけの非合理的習慣をマナーと勘違いして吹聴している(或いは丁寧すぎてお互い無用な気遣いをさせる)だけならまだ良い方で
- 他人に徳利から飲み物を注ぐ場合注ぎ口から注ぐのは「円の切れ目」なので縁起が悪い:無根拠、陶芸家の方が「人の親切に勝手な偽マナーを付けるな」と憤慨し、注ぎ口以外から注ごうとすると注ぎ口から溢れる様に三方向に注ぎ口を付けて作成された「偽マナー絶対殺す徳利」をTwitterにあげる等の反論がされている
- お賽銭に15円入れると「遠いご縁」になるので3人分として十円玉を含めて15円入れるのは縁起が悪い:無根拠、「語呂合わせしようとしまいと、幾らのお賽銭であってもご利益は平等である」と現役神主が直々に声明を上げる羽目に
等、子供が思い付いたかの様な親父ギャグや語呂合わせ、時流を無視した行動をマナーと称して強要してくる似非マナー講師まで存在する。
このようなめちゃくちゃなマナーとも言えないマナーを押し付ける講師を「失礼クリエイター」と呼ぶこともある。
マナーはもちろん大切だが、あまり自分の持つマナーを他人に押し付けると、蔑称としての「マナー講師」の称号を得ることになってしまうので注意。
マナーは誰かを気遣った行いを指す。マナーで誰かを攻撃することがあってはならない。
「マナー違反をその場で指摘するのが最大のマナー違反」とはよく言ったものである。
但しマナー講師に対するヘイトが高まりすぎた結果、本当に存在するマナーを似非マナー扱いして否定する事例も散見される。
- 布マスクは会社にしていってはいけない、していいのは不織布マスクだけ:布マスクは不織布マスクよりも性能が低いため着用を禁じられることはままあり、ドイツでは国家レベルで布マスクが規制された。