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はじめに

2020年現在、一般的には以下の2球場を指す。

  1. 現在の2代目広島市民球場。 プロ野球球団広島東洋カープの新本拠地として、広島市南区JR広島駅の近くで開場。
  2. 2008年までカープ球団の本拠地として存在していた旧広島市民球場。広島市中心部の中区広島市中央公園の中に建設されていた。

現在の広島市民球場

2009年4月、広島駅周辺の再開発事業の核としてオープン。
広島市が所有し、カープ球団が管理・運営を行う。

地元広島県に本社を置く自動車メーカーマツダが命名権を獲得し、愛称が「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」に決定。
一般的には略称のマツダスタジアムや「ズムスタ」と呼ばれている。

内外野が全面天然芝で、左翼101m・中堅122m・右翼100mと左右非対称のフィールドが特徴。

アメリカMLB1990年代以降に新造された球場を研究して作られており、緩やかな勾配のスタンドに一席一席のスペースが広く確保された快適な観客席、フィールドを見ながら球場を一周できるコンコースなど、比較的快適に観戦できるのが特徴。
大規模な多層式のスタンド、常設のグッズショップ、フードコートの充実さなどでも旧市民球場とは比べ物にならない程である。
ただし山陽本線の線路に接していることからレフト外野部分が大幅に切り欠かれており、この煽りでビジターファンが三塁側の出島のようなスタンドに押し込められる点については批判が出ることがある。またこれに関連し、この部分には大規模なネットが張られておりネットに当たった場合はホームランとなる。

実は建設用地に関しては1997年に確保してはおり、元々はドーム球場を作るつもりだった。だが、球場建設そのものを巡って相当グダグダしてしまい、果てには「ホントに作る気あるの??」という声も飛んだそうである。

旧市民球場

1957年7月に開場し、その後半世紀にわたって多くの広島市民に愛された球場。
球団創設当初からのカープの本拠地であった広島県総合グランド野球場(ちなみにコカ・コーラボトラーズジャパン広島総合グランド野球場という名称で現存)の代替兼照明装置付きの球場として作られた。

1990年代後半あたりからは老朽化が激しくなり、また他球団本拠地に比べて施設環境が劣っている、球場が広くなる中で開場時から指摘されていた狭さがより際立っていることも指摘されはじめた。
移転計画がなかなか進まなかったために結局そのままさらに10年ほど使用されたが、新球場完成をもって2009年にカープが本拠地を移転。
その後は草野球場として一般に開放されていたが、2010年9月1日をもってついに閉場となった。

2010年11月から2012年2月まで解体工事が行われ、現在は記念としてライトスタンドの一部のみを残して更地となっている。
イベント会場としてたびたび利用されているが再開発される予定があり、球場跡地に隣り合う中央公園自由芝生広場に、サンフレッチェ広島新スタジアムが2024年の春までに建設される。

げに恐ろしきは・・・・・・

カープファンの熱狂振りは良くも悪くも有名であるが、旧市民球場もまたカープファンに振り回されたことがあった。

球場建設を巡る市長の御難

実は計画を立てたのはよかったが建設予定地がなかなか決まらず、結果、当時の広島市長が東京からの出張から戻った直後の広島駅でカープファンの襲撃を受け、つるし上げを食らってしまった。

1964年6月30日の悪夢

その日行われていたカープ対阪神タイガース戦において、阿南準郎のプレーを巡って紛糾、「選手の健康状態と観衆の帰宅の足を考えると続行は無理」という理由で審判団が試合を打ち切った結果、カープファンが大爆発、結果球場は無法地帯と化してしまった。おかげで残り2試合は中止を余儀なくされてしまった。

繰り返された悪夢

あの一件から約11年経った1975年9月10日のカープ対中日ドラゴンズ戦で、ドラゴンズのキャッチャー・新宅洋志のラフプレーにやられた三村敏之が大激怒、両軍入り乱れての大乱闘が、いつの間にか尻馬に乗ったカープファンまで参戦し、またしても無法地帯に。結果またしても翌日の試合が中止に追い込まれてしまった。

変なおじさん

1990年5月12日のカープ対読売ジャイアンツ戦、試合途中にカープファンの一人がグラウンドに侵入したうえバックネットによじ登り、ジャイアンツを罵倒するメッセージの垂れ幕をぶら下げたうえ、グラウンドに発煙筒を投げつけるという暴挙をやらかした。しかもこの様子、NHK総合テレビの実況生放送を通じて広島県以外の地域にも伝わってしまった。

旧市民球場時代の現役選手

2021年シーズン終了時点
太字は現在も広島に在籍している選手。
※▼は2008年までに一軍出場がなかった選手で、()は一軍初出場年。

白濱裕太:2003年1位 ▼(2011)
前田健太:2006年高校生1位【現・ロサンゼルス・ドジャース
會澤翼:2006年高校生3位 ▼(2009)
松山竜平:2007年大学・社会人4位
安部友裕:2007年高校生1位 ▼(2011)
丸佳浩:2007年高校生3位▼(2010)【現・巨人】

追記

旧市民球場は市街地にあるためコンサートの開催は長らく出来なかったが、2004年10月、広島市出身のシンガーソングライター・奥田民生によるアコースティックライブで遂に実現した。
その後2007年8月にはさだまさしのコンサートが、2009年8月にはロックフェスティバルが、それぞれ開催されている。

1959年以降、8月6日に旧市民球場でプロ野球の試合は行われなかった。また、今の市民球場になってからも、2011年まで8月6日にプロ野球の試合は行われていない。なお、件の日にカープのホームゲームが組まれてしまった場合は、広島県内の別の球場に振り替えて開催していた。

旧市民球場に移転してからの成績が散々だったため、ファンの間から「何かあるんじゃないの?」と恐れられた。それを気にした球団社長が知り合いに相談したところ、「祟りじゃー!亡くなられてしまった被爆者の、たーたーりーぢゃー!!その方々の魂を慰める為に神様を拝みなさい!!!!」と言われてしまった。そしてその翌年以降、広島護国神社と厳島神社へチーム全員必勝祈願(と言う名のお祓い)に行くのがお約束となっている。

関連項目

野球場 広島県 広島市
広島東洋カープ プロ野球

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