我王(火の鳥)
がおう
火の鳥鳳凰編の主人公。『火の鳥』全編を通しての狂言回しである猿田たちの一人であり、彼らの象徴でもある巨大で醜い鼻を持っている。さらに、左手と右目を失った隻腕・隻眼でもある。
苦難と波乱に満ち満ちた生涯を送る猿田の中でも、特に困難と苦しみに満ちた人生を送った人物でありながら、最も苦しみから解放された人物であり、ある意味では本作の猿田の使命から解放された人物。
CV:堀勝之祐
彼の人生は誕生直後から苦難と波乱に満ちている。
「尾鷲の我王」と劇中よばれるように、現在の三重県の南部の尾鷲の漁師の息子として奈良時代に誕生。
生まれてすぐ事故で父親および左腕と右目を失った我王は、故郷では迫害に遭い、それが理由で殺人を犯してしまい、そこから盗賊となり各地で悪行を繰り返す日々を送ることになる。
やり場の無い怒りと憎しみに身を任せる日々の中で、本作のもう一人の主人公である仏像彫刻家(仏師)の茜丸と出会い、特に何の意味もなく、ただ相手が五体満足で腹が立ったというだけで彼の命とも言える利き腕を切りつけ二度と正常に動かせないようにしてしまう。
そうして、人々を傷つけ金品を奪い続けたある日、速魚という美しい女性を攫い、ともに暮らし始めるが、ちょっとした勘違いから彼女のことを疑い手にかけてしまい、以後自責の人生を送ることになる。
そんな中、高僧良弁と出会い、我王を気に入った良弁は役人に捕らえられた我王を身請けする。仏僧としての修行を積むことになった我王は、やがて自分を含めた世の理不尽に対する怒りや悲しみをぶつけるように造形の道に入り、仏師としての才能を開花させ、隻腕でありながらまるで生きているかのような彫り物を作る人物として有名になる。
しかしその評判が届いた都で嘗て自分が傷つけ、今は左腕で再起していた茜丸と再会し、彼と権力争いの延長で建立されたばかりの大仏殿に据える鬼瓦の製作勝負をすることとなる。
そこで渾身の鬼瓦を製作し、茜丸のパトロンの貴族や、その対抗馬として自分を連れてきた貴族をも唸らせたが、かつて(良弁に拾われたばかりの頃)仇である自分を目にしても恨まず、純粋に彫刻へ打ち込んでいたはずの茜丸は、都の権力闘争の中で変り果てており、負けを認めたくない一心から、かつて我王が自分の腕を傷つけた極悪非道の盗賊であった過去を持ち出して非難し、我王の勝利を取り消させると、我王の残った片腕さえ切り落とすように進言した。茜丸のパトロンの貴族はこれ幸いと便乗し、我王を大仏開眼という神聖な場に相応しくない罪人として処断した。
そうして、両腕を失うことになった我王だったが、都を這い出て朝日を見た時、腕を切られた時にさえ出なかった涙を眼に浮かべ、純粋な青年であった茜丸を変貌させた都の魔性を想い、かつて師の良弁が世に絶望し自ら死を選んだ理由を理解するが、自分は死を選ばぬ事を誓い山中に消えていった。
その後、口に道具を咥えることで彫刻を行いながらも山中で暮らしていた我王の前に、茜丸のことを慕っていた少女・ブチが、先刻の火災で死んだ彼の遺体を持って現れ、彼の身を弔ことになり、『鳳凰編』は幕を閉じる。
…その後、『乱世編』で300歳以上の老齢の姿で登場(752年の大仏開眼から平治の乱以降の1160年代までは確実に生きているので恐らく400歳を超えている。ここまで長寿であったのは火の鳥の力によるものかもしれないが詳細は不明)。鞍馬山で動物たちと暮らしていたが、やがて牛若という少年を拾い、彼に世の摂理を解く。その奇怪な風貌故、周囲からは天狗と呼ばれていた。ちなみに、一応出家しているからか菜食主義らしい。
乞食の弁太と出会って程なくして事切れたが、その顔は安らかな物だった。