概要
戦国時代から江戸時代初期にかけての女性。安芸国の国人領主にしてかの熊谷直実の子孫である熊谷信直の娘。毛利元就の次男吉川元春の正室。
天文16年(1547年)に吉川元春と結婚。元春との間に長男・吉川元長、次男・繁沢元氏、三男・吉川広家らをもうけた。
元々は、因縁ある熊谷氏を毛利方に取り込むための政略結婚だったとはいえ、元春とは仲睦まじい夫婦だった。元春は新庄局一人を深く愛し、他に側室を持つことはなかった。新庄局自身もそんな元春を誰よりも信頼し、愛した。
創作では
⋯醜女だったというのはプロパガンダである説が強く、事実でない可能性がある。歴史とはそんなもんである。
戦国大戦
メガネっ娘という見た目で登場。
毛利元就(大河ドラマ)
美々(みみ)という名前で登場。「不器量」「見ただけで皆のけぞる」と醜女として噂されている女性。熊谷信直を味方に取りこむために元春が自ら縁談を申し込む。熊谷信直は激怒するが、美々は元春と本心を明かして話し合い、嫁ぎたいと父に申し出る。熊谷信直も自分の娘が無理に笑っているのを辛かったと話し、「娘が素直に笑えるようによしなに頼む」と元春に娘を頼んだ。毛利家に嫁いだ後は明るく元気に過ごし、元春との間に元就の初孫となる息子をもうけ、元春が吉川家の当主となったときは共に吉川に赴いた。