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吉川元長

きっかわもとなが

吉川元長とは、日本の戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将。通称は少輔次郎。生涯不敗の名将・吉川元春の嫡子。
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生涯編集

天文17年(1548年)、吉川元春の嫡男として生まれた。幼名は鶴寿丸

永禄3年(1561年)に毛利隆元の加冠により元服し、初名・元資(もとすけ)と名乗った。そして、

月山富田城の戦いにおいて、従兄弟である毛利輝元とともに初陣を飾った。

天正元年(1573年)に元長と改名した。


その後父・元春に伴って、山陰地方の尼子氏残党と熾烈な戦いを繰り広げていたが、

上月城の戦いにて、尼子勝久山中幸盛らを自刃または処刑し、尼子氏との戦は終結された。


父・元春の隠居に伴い、家督を相続し四国攻めなどに出陣したが、病を患っていた父・元春の死去

し、それを追うように病に倒れ、死去してしまった。享年40。


人物編集

父親共々武勇が優れた人物とされ、また武勇だけではなく書や宗教にも興味を示す教養人でもあったとも

伝わっている。


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戦国武将 中国勢

吉川元春 吉川広家 毛利輝元

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