概要
昭和天皇(淫夢)とは変態面接官スーパーS7にご登場になった、かつて我が国の象徴となられていた方に似た外見をなされたお方である。
もう1つのご出演作であるFine創刊号パヤパヤハイスクールでは御学友と共に下校され、ご自宅にてエロ本でオナニーをされた後にホモセックスへとご発展あそばされていた。
昭和天皇と淫夢の共通点(?)
昭和天皇といえば言わずと知れた日本の天皇であり、未だに多くの信者が存在する。彼は当時の国家神道の象徴であり現人神とも扱われ、畏怖の念を持たれていたのは信仰の力に他ならない。
一方「真夏の夜の淫夢」の歴史は天皇と比べると浅いものだが数多くのユーザーに好まれている。登場人物のホモたちは蔑まれ玩具にされ、とても昭和天皇と似ても似つかないと思えるだろう。しかし彼らは多くの人々の心の中に存在し、彼らを人生の一部としている人間も数多く存在する。
これは淫夢を嫌おうが好もうが、知った時点で知る前の自分は既に存在しないということである。
勿論そんな気は全く無いだろうが、彼らを見たことで人生の1ピースを形成されたことは紛れもない事実である。
信仰の形は時代によって変化するものである。
信仰とは「特定の対象を価値や意味を見出し強く思うこと」である。
天皇制ですら古代YMT朝廷の大王を神として扱ったことに由来する。神とは超越したものではなく常人よりも優れた人物を信仰の対象にしたに過ぎない。
神を二次元や三次元の偶像にすることを好まない宗教もある。日本神道も宗像大社などがそうであるようにかつては偶像が存在しないアニミズムだったが神仏習合の流れにより、またそれを否定した明治政府は国家の体制上三次元の天皇を現人神とした。
この強引さが淫夢との共通点である。
淫夢における信仰とは淫夢ファミリーで遊ぶ事であり、かつての昭和天皇の如く死後も多くの人の中に行き続けることが予測される。(淫夢とはミームであり、時代を越えて伝染する点において神道と類似している。)
彼らも普通のホモだったがある日急に多くの人に認知されある種「信仰」の対象になってしまった。
それは周りが囃し立てたからである。
昭和天皇も生まれながらに神の一族であったがそれは周りが特別な存在であるとしたからであり、元から神であったわけではない。
淫夢ファミリーにしても裕仁氏(昭和天皇の本名)にしても彼らにはそれぞれが一個人として生きた歴史がある筈だ。しかし大多数の人間は「ホモビ男優」「昭和天皇」としての彼らにしか興味がない、故に認知されない。
彼らは肩書を持つことにより注目され需要が爆上がりしたのである。
かつてメルカリで販売された「野獣先輩ウイルス」を見て戦前に多数販売された昭和天皇御真影の存在が想起された人も多いだろう。
両者とも多くの他者により特別な存在と化した人物である。故に両者とも非常に酷似していると言っても過言ではない。所詮は三次元の存在である。歴史すら不変ではなく時の為政者により書き換えられる為、淫夢ファミリーに対する様々な考察により形成された人物像のように昭和天皇にも変化の日は訪れる。これは免れないの自然の流れである。(例えば大正天皇が議席で紙を丸めて覗いたのはかつては事実であるとされていたが、今は虚構だと言われている。しかしどのような史実であれ、絶対はありえない。)
『昭和天皇(淫夢)』とは変わりゆく敗戦国日本の信仰体系にスポットライトを当て、我々に考える機会を与えた歴史的に見ても重要な人物であると言える。
知名度は低いが是非とも知っていただきたい人物である。