概要
一言で言えば、「多分、こうなるだろうけど。別にいいか」と言う心理状況。
より具体例を出して言うと、
1.これを読んでいるあなたがあるサラリーマンで、地下鉄の影響で風の吹き出すマンホールがあるという事を知っていたとする。
2.当然の事ながら、マンホールからは地下鉄の時刻表に合わせて風が吹き出す。
3.すると、そのマンホールの上にスカートを穿いた女子高生が立っていたとする。
4.マンホールのカラクリを知っているあなたは、地下鉄の時刻表に合わせて女子高生のスカートがめくれるだろうことを予想出来たが、敢えてそのことをマンホールの上にいる女子高生に教えなかった。
上記の一連の流れが、未必の故意である。
元々は法律用語として造られた言葉であり、殺人などの重大な事件の場合、殺意の有無によって裁判結果が大きく変わってしまう為、この未必の故意があった場合は、殺人罪が適用されることもありうるため、未必の故意か否かと言う点は、しばしば大きな争点になる。
未必の故意を利用した殺人
「確実性はないが、ヘタをすると死ぬかもしれない」という状況を作る事も未必の故意に含まれ、時折りミステリーのトリックに利用されることがある
また、この未必の故意を利用したトリックの恐ろしい点は、不確実な代わりに罪に問うのが難しく、例え殺意を持って殺人に成功したとしても、犯人が誰かに説得され、それを受け入れる等して「被害者が死ぬ事を想定して場を仕掛けた事を自白しない限りは」殺人どころか過失致死や傷害罪にすらならず無罪になる可能性が高いと言うことである。
逆に言えば不確実とはいえ一連の流れが故意であることさえ抑えてしまえば充分に罪に問えるともいえ、そこを勘違いした犯人を罠に嵌めたり、或いは情に訴えて説得する場面が通常の推理ショーシーンの代わりに描写される事が多い。
トリックの一例
例えばとある食事会で
「階段の最上段や踊り場に洗剤を撒き、その上に洗剤注意と直接書いた段ボールを被せ隠す」(故意の場合でも、これ単体では危険行為ではあっても違法ではない)
「一階のトイレに清掃中の札を掛けておく」(故意であってもただの悪戯)
「アレルギーを持っている相手が(実際はキチンと除去されている)アレルゲンを食べてしまったと誤解させるような会話(例えばアレルゲンを除去していない場合の通常のレシピについてなど)を第三者と通常の声量で行う」(対象にではないのがミソ、聞き耳を立てている確証がない)
以上の三点を同時に行った場合、対象(アレルギーを持っている人)が「アレルゲンを摂取したと勘違いして、吐き出そうとトイレに駆け込もうするも一階のトイレが使えないため二階に行き、階段で転んで死ぬ」という状況を作れる。
だが、あまりに多くの偶然(「対象が聞き耳を立てていて」「アレルゲンを摂取したと勘違いし」「一階のトイレの掛け札に気付き」「一階のトイレを使えないと判断して」「二階のトイレに思い至り、向かい」「段ボールに気が付かず、或いは気がついても無視して踏み」「滑って転び」「階段のほうに倒れ」「打ちどころが悪い」)を突破しなければならず
上記の状況では、最悪死ぬ、というだけで可能性としては大怪我で済む公算の方が高い為、「殺意があった」という証明が難しく、事故になる可能性が高い
また、故意だったとしても上記三つは単体では違法でもなんでもない為
「洗剤をこぼしてしまい、掃除する時間がなかったため、後で掃除しようと思い、そのままにしておくよりはとりあえず近くにあった段ボールを被せておいた方がマシだと思い、注意書きをして被せておいた」
「扉の前に札が落ちていたので清掃中だと思い、掛けなおしただけ、本当に清掃中だったかは確認していない」
「今回用意されたアレルギーに配慮した料理ではなく通常のレシピを教えていただけ、アレルギーを持っている方が聞いていたとは思わなかった」
と一つ一つに自然な理由を付けることが出来、このケースにおいては不幸が重なった事故、で片付けることが出来てしまうため、犯人の自白以外では罪に問うのが非常に困難になる
特に犯人が「だから私は悪くない」と自信満々に開き直るのではなく「遅れてでも洗剤を掃除していれば…札を掛け直さなければ…紛らわしい会話をしなければ…」と尤もらしい事をいけしゃあしゃあと宣っていた場合サスペンスドラマの探偵役レベルで鋭い人間でもいなければ誰もが事故だと判断してしまうだろう。
ただし、これを利用した完全犯罪には犯人にも何食わぬ顔で誘導出来る俳優レベルの演技力が要求される上、前述した通り確実性がなく同じトリックは二度と使えずチャンスは一度(偶然であることがミソなので二度全く同じ流れが起きた時点で故意が想定される)であるため、現実に行おうとすれば行動に不自然さが滲み出る等何処かでボロが出る可能性が高い。
そもそもターゲットではない無関係な人間(最悪の場合自分の大切な存在)が本当に偶然キルゾーンに足を踏み入れ死傷する可能性も当然存在する(そこの所が重要ポイントになる作品も存在する)
当然ながら死ぬ死なない以前に、故意に人を傷付ける罠を仕掛けるなど言語道断であるため絶対に興味本位でトリックを実践しないように(尤もなんらかの作品に出ているのと同じ状況が発生した時点で故意を疑われるだろうが)
未必の故意を利用したトリックを書いた作家
江戸川乱歩は、この未必の故意を利用した殺人をプロバビリティーの犯罪として定義しており、この殺人トリックを使ったミステリー作品が多数あることを指摘している。
以下、主な作品を述べる。
- 赤い部屋
江戸川乱歩の短編小説。
- 憎しみの青い火花
『名探偵コナン』の原作エピソード。
- 立証確率ゼロの犯罪
『名探偵コナン』のアニメオリジナルエピソード。
- 緑の殺意
相棒シーズン4の第12話。
ちなみに、本記事で引用されているトリックの一例はこのエピソードのトリック。
- 逆転検事2 第3話「受け継がれし逆転」
メイン事件とは関係ない(一応ある)が
18年前の事件の真犯人が美術品(冷凍菓子)に隠した死体を意図せず隠蔽、所持していたある人物が、「それを大っぴらに公開すれば真犯人は焦って隠蔽に走る」と考え、「施錠可能な部屋」に「死体ごと作品を展示(彫像に偽装されていたのでパッと見では当時の捜査でも気付かれなかった)」その上で「その作品の蓋に揮発性の毒を仕込んで凍結させる」という手段を取った
通常、展示されている美術作品(それも冷凍されている氷像)を熱するなどと言う暴挙に走る者などいないうえ、その手段も爆発性のガスではなく揮発性の毒、というのも死ぬとは限らない公算の方が高い(実際引っ掛かった真犯人は死んでおらず短時間で回復している)ため未必の故意に該当する
- HITMANシリーズ
小説や漫画作品ではなく、ゲームだが未必の故意によるターゲット殺害方法が多数存在する為記載。
ターゲットが彷徨いているエリアでオイル漏れを起こして、その側でタバコを吸ったターゲットを焼死させたり、同じくガス漏れを起こして爆死させる。
配線をむき出しにして、近くの給水タンクの栓を抜き水浸しにした上で発電機をオフにしておき、ターゲットが発電機をオンにした瞬間感電死させる。
崖の近くにバナナの皮を設置しておいて、気付かず踏んだターゲットがすっ転んで崖下まで真っ逆さまに落ちるよう仕向ける。
柵のボルトを外しておいて寄りかかったターゲットを墜落死させる。
…などといった、様々な不幸な事故をターゲットにプレゼントすることが可能。
(勿論直接脳天に鉛玉をプレゼントとしたり、ピアノ線のネックレスを首に巻いてあげたりと直接手を下すことも可能)
もっとも、これらの行為はどれ一つとっても全て危険行為であり、ゲーム中でも誰かに目撃されると怪しまれたり、場所によっては即射殺される。
(このような「無差別に誰かを害そうとしていた」可能性が容易に想定できる場合は厳密には未必の故意ではない。実際にやらかした暁には即お縄でも文句は言えないだろう)
とはいえ、本当に未必の故意と言える暗殺方法もある。(過去何度も感電事故が起きているマイクにこっそり差し替える等)
何はともあれ、方法は自由、結果が全てだ。何でも使え。
準備は一任するわ